山口功のブログ2018年04月
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英熟語攻略計画

英単語は積極的に単語帳からカードにして覚えたりしているが、
英熟語(イディオムとか)は手薄だったので、それを攻略することにした。

英熟語ターゲット1000
英検準1級パス単と1級の最後に乗っているイディオム計600個

が獲物である。

まず、この1600個をチェックして、知らないもの、怪しげなものをチェックして、それをカード化して、そしてそのカードを回す。

どの程度、カードができるだろうか?

すでに作った英単語カードを回す片手間に細々と続けていけば、年内には、終わらせられるか。

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美術

ネイティブから英語を習うということ

「英語は、ネイティブから学ぶのが良い」
「学校の英語授業は、すべてネイディブがやらないとだめだ」
「日本人の英語力が低いのは、学校の先生が日本人だからだ」

先日、上記のような主張をされている人に出くわした。
はっきり言って、これは勝手な思い込みである。


英語ネイティブは、物心ついた頃にはすでに英語を喋っていたわけで、外国語として英語を学んだことはない。
したがって、日本人が英語を習得する時の指導能力は日本人で英語を喋れるようになった人には劣る。


発音についても、英語と日本語の違いを熟知していなくてはならないし、それを説明できなくてはならない。
英語ネイティブは、日本語の発音を知らないので、日本人がつまずくポイントに注意できない。


ネイティブの英語を、ただ聞いて学ぶなら、教材についているCDを聞いた方がいい。お金もかからず、何千回繰り返しても文句一つ言わない。これを生身の人間相手にする必要なない。

逆に、ネイティブを相手に英語学習をするとなると、それは、もっぱら「試し切り」に尽きるだろう。
自分が身につけた能力が、どの程度使えるのか?
そして、試し切りの結果をフィードバックしてもらう。

「この単語の発音が変だよ」
とか

「この発言は、一文が長すぎてわかりにくい」
とか、そういうこと。

これらの点を考慮すると、日本人の英語教師の方が、常時習う先生としてはよさそうだ。
少なくとも、何も入力がない状態で、英語ネイティブの前に出ても仕方がない。
刀を持たずに試し切りに出ても仕方がない。

もっとも、日本語もかなり熟知していて、日本人に対しての指導能力も磨かれているような、英語ネイティブであれば問題ないのですが、そういう人はあまり多くないのではないだろうか?

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英語

美術博士の授業〜コンセプトについて〜

「美術博士の授業」

コンセプトについて、第4・5・6回で、徹底解説しました。
トータルで1時間くらいです。
ぜひ、ご覧ください。

第4回 価値あるコンセプト


第5回 芸術家とコンセプト


第6回 コンセプトを深め育てる


category
美術

録音して聞く

「録音して聞く」と、いろいろ発見がある。

私は頻繁に、何かしら録音して、聞いて確認しするということをしている。

1、自分の英語の音読・シャドウイング
2、自分の楽器の練習
3、自分の講義、プレゼン、講演会、対談

英語の発音の向上、楽器の上達、喋り方の見直し、などなど、実際に自分が行っているときには気がつかなかった「イマイチ」なところを発見できる。
「イマイチ」なところを見つけることができると、その部分を「イマイチ」ではない、良い状態に持って行こうとする力が生まれる。
言い換えれば、現実と目標地点の誤差を認識し、その差を埋めようとするのである。

録音すると、気がつくことが非常に多い。

そして、今は、スマホなどで簡単に録音できる時代になった。

ところが、
授業でプレゼンの指導をするときに、このようなことを伝えるが、本当に実践する生徒・学生は未だ確認できていない。
案外心の壁の方が大きいと思われる。

「イマイチ」から、目を背けて走り続ける習慣が、出来上がってしまっているのではないか。
その姿勢だと、いくらトレーニングしても程なく成長が止まる。

録音して、自分の声(とか、演奏とか)を聞いてみると良い。

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雑記

トレーニング計画とトレーニングそのものを分ける

トレーニングをしながら、トレーニングメニューを考えたり、計画を立てるのはうまくいかない。

トレーニングをしている時はトレーニングに集中するべきであるし、トレーニング中にメニューを考えると、トレーニング自体で苦しかったりするので、楽な方に流れがちである。

結果として、漫然とトレーニングしているような状態になる。

事前にメニューを決めておけば、そのメニューに沿って集中すればよく、効果が上がりやすい。

そのメニューも経験が増えれば効果的なものになっていくだろう。

トレーニング時間内のトレーニング効率を上げるという意識は、わずかでも、常に持ち続けるべきであろう。


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雑記

「個別具体的」「全体の印象」のダブル評価

今朝、中学3年レベルの長文問題集を音読して、それを録音していたら、録音機の電池が切れて、取り替えた。

これで、何度目の電池交換だろうか?
多分30回目くらいだろう。

もっとも全てを英語音読の録音に使ったわけではなく、楽器の練習や、対談の録音などにも使っているが。
英語音読には、65パーセントくらいだろう。

とにかく、この英文を音読して、その直後に自分の声を確認する、というトレーニングは着実な効果を上げていると思う。

私の場合、やり方は2通り。

1)
文字を見ないでシャドウイングをして、それを録音して、その後、自分の声を再生しながら、文章と照らし合わせて言えていないところに印をつける。

2)
普通に音読して、その後、自分の声を再生し、ネイティブに近い発音に聞こえるかを確認。

1の方は、細かい単位での評価をして、2の方は、全体的なリズムみたいなものの「印象」を評価する。

基本的に具体的で細かい評価の方が学習効率を上げる上では重要であるが、そこから漏れてしまう要素も出てくる。
それを埋めるような、全体的で感覚的な「印象」を評価することも合わせて行うとよい。

人物デッサンをするときに、

人体の骨格を正確に捉えているかという、解剖学的な視点と、
そのモデルさんに似ているか、という印象合わせの視点の両方で自分の作品をモニターする、

ということに共通している。

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英語

辛い時は感情抜きで淡々と

最近は「英検1級パス単」から拾った単語を単語カードで回している。

これまで回してきてまだ十分に覚えていない単語と、パス単から拾った単語で、1400枚ほど。
1日1束(120枚)を回すノルマにしているが、これがなかなか苦しい戦いだ。

こういう時こそ、感情抜きで、一喜一憂せずに、自分の決めた手順でただ淡々と行うに限る。

学習も長く続けていると、短い期間で一喜一憂するのはあまりいいことではないと思うようになる。
急激に実力が上がったり、突然成果が出なくなったりすることは考えにくい。

もっとも、3ヶ月に1回くらいは振り返って、計画やトレーニングメニューを見直すことも必要であるが、一度決めたメニューはしばらく感情抜きで淡々と取り組むのがよい。

長く続ける一つのコツである。

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英語

「美術博士の授業」開講

多くの人が、芸術表現とか美術作品を、誤解しているか理解が足りないと思う。

1つの原因は学校の授業「美術」の内容であり。
論理的に考えて、自分の主張を発言することを避けて、ものごとをフワッと捉えがちな日本人の性格もあるだろう。

とにかく、美術作品を作っている人間として、それは望ましいことではないので、
機会があるごとに、芸術表現の理解を深めてもらう授業、ワークショップ、講演会を行ってきたし、今もしている。

その一環として、講義を動画にしてネット上でも見られるようすることにした。

今月より、10分〜30分程度の動画をアップしていく。
(原則金曜日の6:30amに公開予定)

第1回では、芸術表現の基本的な枠組みを解説する。
これは、基本中の基本であり、大事な部分である。

第2回以後は、要素を絞って深い解説をするか、話題を広げたり、展開したりする予定である。

美術博士の授業

category
美術

これからは「翻訳こんにゃく」を上手に使う技術が重要だ

YouTubeに動画をアップしたことをきっかけに、細かい設定などを改めていろいろ触ってみた。

そして、驚いたことに、
喋った音声にほぼリアルタイムで自動的に字幕をつける機能があったり、翻訳する機能があったりする。

私の話し方ではあまり高い精度ではなかったが、それは話し方に問題があるからだろう。

話した音声を正確に字幕化するには、どのように音声認識がなされているかを踏まえた上でそれに対応する話し方を訓練する必要がある。
翻訳機能についても、訳しやすい文章にする必要がある。
まったく自然に喋りたいように喋ったものを正確に文字起こしして、翻訳するのは機械にはかなり困難だ。だから、人間側がある程度合わせる必要がある。

しかし、それができれば、母語で話したことがリアルタイムで、あらゆる言語に自動変換されるのである。

シンプルなヘッドセットのようなものをさっとつけて、音声入力と翻訳に対応した話し方で喋れば、世界中の人とその人の母語ではなすことができる。
リアルな世界でもそれができるわけだ。
ここにきて多少の限定はあるにしろ「翻訳こんにゃく」の実現が達成されたか、達成前夜といった感じだ。

英語学習に熱中していて、教える仕事もしている人間にとってはややアドバンテージを失いそうだが、これからの外国語学習は改革しなくてはならないだろうと思う。

まず、英語の4技能の習得を保留にする。
科目としての「英語」の廃止をして「外国語・外国文化対応コミュニケーション」という科目を開設。
内容は、以下の項目にして、学校などで教える。

1 音声入力の特性を勉強し、きちんと音声入力されるような発音を訓練する。(日本語の発音)
2 翻訳機能の特徴を勉強し、翻訳されやすい日本語を作る訓練をする。
3 主要言語(3〜4ヶ国語程度)の文法的特性が日本語とどう違うかを勉強する。このことにより2の精度を上げる。(主語はいちいち入れるとか)
4 主要言語の超基本単語(各300個程度)の日本語のとのズレをを勉強する。このことにより2の精度を上げる。
5 当該主要言語を話す人の現行(生活・ビジネス・宗教的)習慣・タブーを知る。このことのよりコミニュケーション全体をより円滑にする。

この内容でカリキュラムきちんと作るには、音声入力の開発研究者と、翻訳機能の開発者研究者、そしてアナウンサーやナレーターの発音の専門家、主要言語の学者、比較言語学者、異文化間コミュニケーションの研究者、各宗教の研究者、その他教育のプロ、データー解析のプロ、翻訳のプロ、などの協力が必要である。

英語を生身で習得するには1万時間を要するが、このカリキュラムがきちんと確立して、実施されれば遥かに短時間(授業時間中だけでも)で、装置を使い世界中の人と互いに母語で意思疎通をかなり高い精度でとれるようになる。

かつてのように、生身で言語そのものを使いこなそうと勉強する人は「愛好家」のと呼ばれる一部の人間になるだろう。
それはそれで、知的で、すごく楽しいし、豊かだし、意味のあることであるが、もはや義務教育で教えたり、大学入試で試したりする類のものではないかもしれない。

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英語