山口功のブログ2018年03月
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適した道具

これまで、いくつも立体作品を作ってきたが、それを3Dソフトを使って、データ上で行ってみようかと計画している。

はじめの頃
「立体作品を作るならこれが、粘土をこねるように作れていいよ」
と、紹介されたソフトは、あまりにも自分の作り方に合わずに断念。

粘土を使って、作品を作ってはいるが、粘土をこねるような作り方はしていないのである。

平面図を重ねて作るような感じで、その後、平面図同士を滑らかにつなげていく時に粘土を使うみたいな感じか。
ということで、これは、 CAD系のソフトの方が向いているということがわかった。

先日、3DCADのソフトでかなり自分の作り方に適しているものに出会えたので、今はその使い方の習得に乗り出している。

自分の作品制作に適した道具との出会いというのは貴重だ。

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美術

4月1日/教育シンポジウム

シンポジウムの告知です。
私は、自らの英語学習体験から気がついた「独学力」の大切さ、を話します。
ここで言う、独学力と言うのは単に一人で机に向かっていることではなく、人に習っている時でも発揮される能動的学習力のことです。
詳しく知りたい方は、ぜひお越しください。



【教育シンポジウム】
地方の子どもたちの「進路」と「地域教育」シンポジウム

「教育」と「不登校」の現場にいる専門家たちが 地方の小・中・高校生たちの「進路」と「地域教育」のあり方について ディスカッションします。

日時:2018年4月1日(日) 13:00-15:35
場所:徳山駅前賑わい交流施設 交流室1
料金:無料

【内容】
第一部 基調講演
基調講演 1 「独学力が未来を拓く!」
山口 功 氏 (美術博士、英語講師)

基調講演 2 「プログラミングと理系視点からみる子どもたちの進路」
坪郷 浩一 氏 (工学博士、民間企業技術顧問、数学講師)

基調講演 3 「不登校の子どもたちと進路」
小松 範之 氏(コーチングコーチ、フリースクールまなポート)

ハーフタイムショー
生徒A(フリースクールまなポート) による作品(楽曲・MV)発表会

第二部 パネルディスカッション 「進路と地域教育について」
パネリスト/登壇者
坪郷 浩一 氏(工学博士、民間企業技術顧問、数学講師)
山口 功 氏(美術博士、英語講師)
小松 範之 氏(フリースクールまなポート運営、コーチングコーチ)
 
申込み方法:まなラボ(0834339314)

主催:NPO法人まなびデザインラボ
電話 0834-33-9314

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雑記

お金の無駄遣わない

お金は、ただ持っているだけでは、価値を生み出していない。

使った時に価値が発揮される。

その商品やサービスを買って、

自分の生活の質がどれだけ向上したかとか、
どれだけ自分の知識が向上したかとか、
見聞が広がったかとか、
どれだけ苦痛が軽減したかとか、

そいうことが、価値である。

だから買わなかったことによって、上がるはずの生活の質が上がらなかったのなら、それは価値を発揮できなかったということになる。
更に言えば、上がるはずの生活の質が、払う金額よりもはるかに高い場合は、バカバカしい状況を生み出す。

500円節約するために、5000円の価値をドブに捨てるイメージだ。

500円節約できたと喜んでいるけど、実際は4500円の損失である。

非常にお金がもったいない。

これを
「お金の無駄遣わない」
という。

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雑記

中級機種の良さがわかる時

プロフェッショナルな人は、中級向きのモノの良さがわかる。

プロのカメラマンが、外に持ち出すカメラが、最上級のものではなく、中級機種だったりする。

最上級のものも含めて、いろいろ使ってみて、中級機種に落ち着くことは多い。

そして、その機能の全てを完全に使いこなす。

中級機種というのは、実はおもしろいのである。

初級機種は、ユーザーフレンドリーを求めすぎて、全自動になる傾向が強い。
こういうものは、プロにとって、使いこなすことができないのである。
腕の立つ者にとって、考える余地がないものは、やはりつまらない。

中級機種と、上級機種の違いは質感や耐久度だったりして、基本的な機能はあまり変わらない。
厳密には、わずかに違うのだが、特定の機能そのものがあったり、なかったりするような、違いではないのである。
特殊な場合を除いて、上級機種の限界ギリギリの機能を使うことはほとんど考えられないし、そもそも腕が確かなら、別のアプローチで攻めることがいくらでもできる。

上級機種は、耐久度が極められている分、倍くらい重かったりする。
値段は5倍くらいする。

どうもにも、身軽に動けなくなったりする。
特に外に持ち出す時は、中級機種の方が便利で無駄がなかったりするな〜、とある時に気がつくのである。

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雑記

大多数の脅威

大多数が間違った方向に進むと、正論が通用しなくなるし、そもそも議論を交わせる場もなくなる。

間違っているのに、大多数が間違っているので、間違ったまま成り立っていたりする。

多様性は無くなり、間違った方向へ、整然と4列縦隊で行進する。

その波に乗れない者は、恥ずかしい、残念な人とみなされて、隅の方に追いやられる。

戦争前〜中とか、そんな雰囲気だったんだろうな〜。

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雑記

暗記する

このところの直感として、

「暗記する」

という意識を放棄してはならない気がする。

本来人間は、意識せずとも身の回りのことを、少しずつ記憶していくのだろうと思っていたが、
実はほとんど期待できないことがわかった。

記憶するには、覚えてやろうという、能動的な意識がわずかであっても必要だ。
そして現代人は、そのわずかな努力を避けようと思えばそれなりに避けられる環境にいる。

努力には負荷がつきものなので、とにかく避ける。
結果として、どんなモノでも、記憶する機会は激減する。

それで済むならそれでいいのではないかと、言われるだろう。

しかし、私は直感的にそれを危険だと感じる。
今こそ、

「暗記する」

ことを見直し、実行してみるのは、意味のあることではないだろうか?

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雑記

限定された選択・組み合わせ

「限定された選択・組み合わせ」

というのは、現代人が自分らしさを得るために日々行なっている行動だろう。

「完全なオーダーメイド・手作り」

というのは、あまりに馴染みがない。

完全なオーダーメイドは、オーダーする側の負担(考えなくてはならないので)も大きく、確固たる自分を持っていて、自信もなければオーダーできない。

限定されたものの中から選ぶと言うのは、選ぶ側の負担は少なく、最初から提示されているものの中から選ぶのなら、はじめからお墨付きをもらっているような状態なので、心強いのである。

商品企画をする時に、どの程度のカラーバリエーションを作るかが問題となるが、これが多すぎると、だんだん選ぶ側がしんどくなってくる。
カスタムパーツの多さも、どの程度にするか、結構重要である。
カスタムの自由度が高くなりすぎると、多くの人はその自由と向き合うだけのエネルギーを割く気にならず、離れていったりする。

かと言って、全く自由度がないと、自分の関与がゼロになるので、自分の思い入れが入らない。

現代人が、モノ(プロダクト)に向かう姿勢というのは、かなり統一された感覚の上に成り立っていると思う。

もしかしたら、それは、生き方にも現れているのではないだろうか?

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雑記

自ら苦しみを引き受ける覚悟は意味があると思う。

やってて楽しいこと、楽しそうなことを、どんどんやってみよう。

という感覚を基本的には、肯定している。

しかし、それだけが原動力になると、楽しくなくなったらすぐに止めることになる。

その先にある何かに期待をして、我慢する、頑張る、努力する、耐える、という覚悟も大切だ。

ただし、それは誰かに強要されるようなものであってはならない。

「なんで、そんな苦しみながら努力しているの?」
「自分で決めたからだ」

というのは、OK

実際に、専門的に高レベルな人は、どこかでこうした苦しい時期を経験している場合が多い。

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雑記