山口功のブログ2017年01月
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授業形式は効果的に選べ

アクティブラーニングが高らかに賞賛されている。

私は美術(実技)を教えることがあるが、それははじめからアクティブラーニング以外の何者でもない。
今更強調されるまでもなく、すでにやっていることになるだろう。

実技ではない「座学」に分類されるような授業を担当している先生は、必死になってアクティブラーニングを取り入れようと思われる。

しかし、授業の形式ばかりに注目するのはよくないだろうと、思う。

私は短大で教えつつも、自らが大学生でもあり、授業を受けることもある。

つまり授業を受ける側としても、日々思うところがある。
無理やり、たどたどしくグループワークのようなものを入れられると、どうも学んだ気がしないことがある。

それよりも、先生の専門家としての生の話を聞きたいんですが…。
という気持ちになることも、事実あるのだ。

つまり、あまり効果的でない形で、とか、生徒学生のニーズを鑑みずに
「この授業形式を入れないとよくないので入れます!」

となってしまってはいけないだろう。

落語聞きにいって、噺家が
「それでは隣の人と自己紹介して、最近あった面白い体験を20分ずつ交互に話して下さい」

と言われたらそれは、たぶん噺家の落語を聞いているよりも面白くない展開になりそうだ。

もちろん、グループワークのようなものを取り入れた方が良い時もある。

アクティブラーニングは、あくまでも授業形式であり、選択肢の1つだということだ。

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雑記

芸術鑑賞のポイント

「美術表現」について、非常に根本的な話をします。

以下のこのとが、明確にわかるようになるでしょう。

「上手な絵」と「良い絵」の違い
「デザイナー」と「絵描き」の違い
「好みの絵」と「優れた絵」の違い
「能動的な鑑賞」と「モチーフクイズ」の違い

以下、山口市のホームページから引用

「芸術鑑賞のポイント」

講師:美術作家 山口功(第8回やまぐち新進アーティスト大賞受賞者) 
日時:2月5日(日曜日) 9時45分から11時45分
場所:クリエイティブ・スペース赤れんが ホール2
内容:芸術鑑賞のポイントを、アーティストの視点などを交えながら、わかりやすく解説します。
参加料:無料 
定員:20名(先着順)
申込方法:1月18日(水曜日)から受付を開始します。氏名、年齢、住所、連絡先を、ファックス、メール、電話のいずれかで文化交流課へお申し込みください。

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美術

宿題ではなく、選択肢を提示する程度

勉強の主導権は、勉強する人が握る。

という感覚が大切だろう。

今は、あたり前のように学校に行き、教科書が与えられて、宿題がどさっと出される。
自ら欲する前に与えられ続ける。

これは、いかがなものかと思う。

私は宿題を出さないのは、生徒が自ら主体的にやらないと効果が得られないと考えているからであるし、また、主体的に勉強する時間を少しでも与えたいからである。

もっとも、英語学習者としていくらか経験値はあるので、こういうやり方がありますよ、とか、こういう教材がありますよ、みたいなこと選択肢は提示している。

もっとも、生徒と先生のシンクロ率が異常に高ければ、その信頼関係において、非常に効果的な宿題を出すこともあるかもしれないが、一斉授業の学校ではありえないだろう。

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英語

今日のセンター英語、解いてみた。

本日のセンター英語がネットで公開されていたので、早速問題用紙・解答用紙をプリントアウトして、解いてみた。

193点でした。

第二問の"get,catch"問題を普通に間違えて、
校庭の利用のされ方に関する長文問題で、1つマークミスをした。

問題用紙にはちゃんと2に丸を付けていたのに、解答用紙でなぜか4にマークしてしまった。

ベタ読みで丁寧に解いていき、時間はちょうどぴったりだったので、見直ししている時間はなかった。
すなわち、マークミスの発見をするチャンスも無く、それも含めて実力なのだろう。

文脈的には類推は出来たが、見覚えの無い単語が1つあった。
"lick"

学ぶことはやはりある。
そもそも、もっと早く読めるようになりたい。

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英語

センター試験だ!

本日と明日はセンター試験である。

ごく少人数ながら、英語を教えている生徒が受けているので、私もなんとなく緊張したりする。

私は2浪したので、センター試験を3回も受けているのであるが、その頃の英語力はまったくお話しにならず、shouldという単語の存在を知らず、受動態がbe動詞+ppで表現されるということも知らなかった。

従って、問題をみてもわからないので、開始早々ランダムでマークして(TOEICer的には塗り絵という行為です)あとは寝ていた。

それが、私が受けたセンター試験3回とも、そのような状況であり、2浪している間に受動態が作れるようになったり、shouldに出くわしたりすることがなかったのである。

それでも私が桁外れに高倍率の大学に入学できたのは、それが美術の大学で、実技試験命のところであったからだ。
すなわち、センター試験は受けたという事実のみが必要だったのである。

しかしその後、独学で英語を勉強して、TOEICも900を越え、英検準1級も合格した。
それから英語を教える事情で、自分が受けた3回分を含めて、過去問を受験生のように30回分も解いてみると、その試験のクオリティーの高さに感心する。

センター試験は、長文の内容、試される文法項目は、TOEICよりも振り幅が広い。
それでいて、あまり癖が無い。

長い英語学習の「中ボス」として、適していることは認めざる得ない優れたテストだと思う。

今日どんな問題が出るのか、早くみてみたい。
私も受ければ良かったかな。

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雑記

「楽しい・楽しくない」より「覚悟」を!

「面白いからやります」
「楽しそうだからやります」

というのは、裏を返せば、

「飽きたからやめます」
「苦しくなってきたからやめます」

ということをに繋がると思う。

そういう人は、半年ごとに趣味を変え、半年ごとに専攻を変え、半年ごとに転職すると幸せに生きていけそうだ。

しかし、おそらく何も実りがなさそうだ。
表面を滑っているだけの生き方になりかねない。
もっともそれで幸せなら、それはもはやある種の境地に達しているのだろう。
実るまでもなく、もう幸せみたいな。

大切なのは何か目標を決めて、その目標達成に必要だから、これをやっているという意識だろう。
そして、必要な技術修得やプロセスを進めることに対して「楽しい・楽しくない」はどうでもいいことである。

「自分で決めた計画上、やることになっているからやります」
「必要だからやります」

そのような覚悟を決めれば「楽しい・楽しくない」は些末な要素でしかないと感じられるものである。

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雑記

神様の力に頼らずとも勝つ覚悟

御慶!永日!

なにかと玉先生からの出典がおおくなっておりますが、この発想はなかなかいいな!と思ったことがあったので、紹介してみる。

天満宮などに行って合格祈願をする受験生も多いいだろう。
しかし、本当の自分の力だけで勝ちたいと思っている受験生は、神様の力を使わずに勝つつもりなので、合格祈願などはしない。
もし仮に自分が合格した後に、塾の先生が自分の代わりに合格祈願に行ってくれていたというのを知ったら、その受験生は「あ〜、なんだ〜、私の合格は自分の実力じゃなくて神様の力だったのか〜」と思い、がっかりするだろう。

だから玉先生は天満宮には行くが、神様には「落ちそうな受験生は落として、受かりそうな受験生が受かるようにして下さい」とお願いするらしい。

ことに受験は、最終的には自分1人で戦うという覚悟が必要である。

たぶん、途中までは団体戦かもしれない。
親と、クラスの友達と、先生とのチームプレー

しかし、本番が近づくに従って個人プレーになる。

受かる実力を付けて、しかるべき合格を勝ち取る。
まぐれで受かるのは決して誇れることではなく、他の受験生に対しても、大学に対しても、社会に対しても恥ずかしいことである。
神様が「君は頑張っているから本当は3点足りなくて落ちる予定だけど、それを足して受からせてあげるよ」と言われたら「その足りない分はこれから本番までの12日間、自力でなんとかしますから、余計なことはしないで下さい!」というのが本物らしい。

確かに、そのくらいの覚悟はなくてはなるまい。

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雑記