山口功のブログ雑記
Entry Navigation

スピーキング チューブ ラジオ 計画の3分の1

2018年5月1日から始まった
「スピーキング チューブ ラジオ (伝声管ラジオ)」

先ほど、Ep.42の収録を行なった。

たまに、後から聞いてチェックしたりしているが、思いっきり単語を言い間違えたり、たどたどしかったりするのに気が付く。

後から聞き直して、
「この場合はこう言った方がよかったな〜」
「参ったな、似た単語だけど、意味が全然違うよ・・・」
などと思うことも勉強になったりする。

それでも、この1ヶ月半の間に、いくらかは話し慣れて来たような感じがある。
英語の勉強はしていても、それ以前はほとんど英語で話す機会がなかったので、伸び代はかなりあるのだろう。

「伝声管ラジオ」の企画は、
平均12分のエピソードを、120個アップするという目標を掲げている。

今後、より発信する意味のある内容を選んで、精度の高い番組にしていきたいところだ。

スピーキング チューブ ラジオ

category
雑記

別に誰にも強要されていないけど、授業を受ける。

我輩は大学生である。

社会人向けの通信の大学の大学生である。
そして、この2日間はリアルな授業を受けてきた。

2日間、10:00〜17:00まで、8コマ分。
私はこの授業に向けて10日くらい前から合計14時間くらいは準備をした。

今は、かなり充実した気持ちになっている。

考えてみると、素晴らしい空間だと思う。
そして、健全な空間だとも思う。
自分でお金を出してでも習いたい人しか来ていないし、そのような人を相手に講師は教えるわけである。
別に誰にも強要されていない。

ふと、教員の免許更新講習のことを思い出す。
学校の許員は、免許を維持するために、教員免許の10年に1回、この教員免許更新講習というのを、受けなくてはならない。

3万円払って、5日間分の講習を受けるのだが、あれは本当に「歪んだ空間」だったと思う。
実は、得るものもあったにはあったが、とてもではないが、3万円と5日分の価値はなかった。

制度として強制されている講習というのは、受ける方にとっても、教える方にとっても、著しく苦痛だろう。
「こんな、形だけの講習」という意識があるし、ある先生はそれを実際に口に出していたし、私も、もっともだと思った。

とにかく、昨日今日の授業は楽しかった。
これから復習をしようか。

授業自体のことについては、STRで話す予定である。

category
雑記

効果的な受験勉強

受験勉強に関して、もっとも効果的な方法を考える。

まず、当然の事ながら、受験教科のみ勉強するようにする。
受験教科以外は一切勉強しない。

世界史が受験教科でないなら、世界史はやらない。

その上で、受験教科の中で一番苦手なものをやる。
90点とれる日本史と、40点しか取れない英語なら、大好きな日本史は放っておいて、40点しか取れない英語を勉強する。

日本史は「伸び代」がほとんどないが、英語は40点も50点も伸ばせそうだ。(つまりコスパが高い)

苦手な英語の勉強をする時も、英語の中でもっとも苦手な項目を中心に行う。
単語がまあまあ得意で、文法が苦手なら、苦手な文法に取り掛かる。

常にやるべきことは、苦手な教科の、苦手な項目である。

そして、1番苦手な項目が2番目に苦手な項目になったら、次にその時に1番苦手な項目に取りかかる。
1番苦手な教科が2番目に苦手な教科になったら、今度はその時の1番苦手な教科に取りかかる。

常に1番遅れている、1番できない、1番点数が取れないところを勉強する。
自分が得意なところは無視して、常に苦手のところとのみ向かい合う。

これが、受験対策としては最も、効率的な勉強法である。

まあ、心が折れることなく、これを徹底して行うのは、並みの人間には難しいだろう。

category
雑記

STR_011

I have just released Ep.011 of Speaking Tube Radio.
I revised the thumbnail, according to advice from an designer who is especially famous in Yamaguchi prefecture.

In this Ep. I am talking about his his advice, and I think there are a lot of things to learn as an artist.

STR_011
category
雑記

マルチの良し悪し

好奇心があって、様々なジャンルに手を出す人がいる。
それなりに、いろいろできる人という感じになる。
そういう人は「マルチな人」と呼ばれたりする。

ところが、各分野のプロフェッショナルな人からすると、一つ一つは話にならない低レベルだったりする。
つまり、なんとなくできている風だが、実は一つも専門性がないみたいな。

これは、いただけない。
マルチな側面を持つのは悪いことではないのだが、狭い範囲で極端に専門性を求める意識を失うと、アメンボのように表面を滑っているだけの人になってしまう。

様々なジャンルに手を出している時には、自分の専門性ってなんだっけ?
その分野のプロと戦えるのか?

と自問してみた方がいい。
専門あっての、マルチである。

category
雑記

Speaking Tube Radio

今月より、You Tubeで
"Speaking Tube Radio"の配信を始めた。

動画なし、音楽なし、音声のみの英語放送である。

インターネットのおかげでグローバル化している割に、日本人は日本の狭いフィールドでしか動かない人が多い。
物理的に移動するのは大変なので、それが難しい人も、しかしネット上でまで日本限定というのはどうなんだろうか。

私も含めて・・・。

そのように思ったので、英語で喋ってみるという活動を開始したのである。

少しでも喋り慣れてきたら、芸術分野と、言語学習と、教育分野について、深い内容を発信していく予定である。

STR・再生リスト

category
雑記

録音して聞く

「録音して聞く」と、いろいろ発見がある。

私は頻繁に、何かしら録音して、聞いて確認しするということをしている。

1、自分の英語の音読・シャドウイング
2、自分の楽器の練習
3、自分の講義、プレゼン、講演会、対談

英語の発音の向上、楽器の上達、喋り方の見直し、などなど、実際に自分が行っているときには気がつかなかった「イマイチ」なところを発見できる。
「イマイチ」なところを見つけることができると、その部分を「イマイチ」ではない、良い状態に持って行こうとする力が生まれる。
言い換えれば、現実と目標地点の誤差を認識し、その差を埋めようとするのである。

録音すると、気がつくことが非常に多い。

そして、今は、スマホなどで簡単に録音できる時代になった。

ところが、
授業でプレゼンの指導をするときに、このようなことを伝えるが、本当に実践する生徒・学生は未だ確認できていない。
案外心の壁の方が大きいと思われる。

「イマイチ」から、目を背けて走り続ける習慣が、出来上がってしまっているのではないか。
その姿勢だと、いくらトレーニングしても程なく成長が止まる。

録音して、自分の声(とか、演奏とか)を聞いてみると良い。

category
雑記

トレーニング計画とトレーニングそのものを分ける

トレーニングをしながら、トレーニングメニューを考えたり、計画を立てるのはうまくいかない。

トレーニングをしている時はトレーニングに集中するべきであるし、トレーニング中にメニューを考えると、トレーニング自体で苦しかったりするので、楽な方に流れがちである。

結果として、漫然とトレーニングしているような状態になる。

事前にメニューを決めておけば、そのメニューに沿って集中すればよく、効果が上がりやすい。

そのメニューも経験が増えれば効果的なものになっていくだろう。

トレーニング時間内のトレーニング効率を上げるという意識は、わずかでも、常に持ち続けるべきであろう。


category
雑記

4月1日/教育シンポジウム

シンポジウムの告知です。
私は、自らの英語学習体験から気がついた「独学力」の大切さ、を話します。
ここで言う、独学力と言うのは単に一人で机に向かっていることではなく、人に習っている時でも発揮される能動的学習力のことです。
詳しく知りたい方は、ぜひお越しください。



【教育シンポジウム】
地方の子どもたちの「進路」と「地域教育」シンポジウム

「教育」と「不登校」の現場にいる専門家たちが 地方の小・中・高校生たちの「進路」と「地域教育」のあり方について ディスカッションします。

日時:2018年4月1日(日) 13:00-15:35
場所:徳山駅前賑わい交流施設 交流室1
料金:無料

【内容】
第一部 基調講演
基調講演 1 「独学力が未来を拓く!」
山口 功 氏 (美術博士、英語講師)

基調講演 2 「プログラミングと理系視点からみる子どもたちの進路」
坪郷 浩一 氏 (工学博士、民間企業技術顧問、数学講師)

基調講演 3 「不登校の子どもたちと進路」
小松 範之 氏(コーチングコーチ、フリースクールまなポート)

ハーフタイムショー
生徒A(フリースクールまなポート) による作品(楽曲・MV)発表会

第二部 パネルディスカッション 「進路と地域教育について」
パネリスト/登壇者
坪郷 浩一 氏(工学博士、民間企業技術顧問、数学講師)
山口 功 氏(美術博士、英語講師)
小松 範之 氏(フリースクールまなポート運営、コーチングコーチ)
 
申込み方法:まなラボ(0834339314)

主催:NPO法人まなびデザインラボ
電話 0834-33-9314

category
雑記

お金の無駄遣わない

お金は、ただ持っているだけでは、価値を生み出していない。

使った時に価値が発揮される。

その商品やサービスを買って、

自分の生活の質がどれだけ向上したかとか、
どれだけ自分の知識が向上したかとか、
見聞が広がったかとか、
どれだけ苦痛が軽減したかとか、

そいうことが、価値である。

だから買わなかったことによって、上がるはずの生活の質が上がらなかったのなら、それは価値を発揮できなかったということになる。
更に言えば、上がるはずの生活の質が、払う金額よりもはるかに高い場合は、バカバカしい状況を生み出す。

500円節約するために、5000円の価値をドブに捨てるイメージだ。

500円節約できたと喜んでいるけど、実際は4500円の損失である。

非常にお金がもったいない。

これを
「お金の無駄遣わない」
という。

category
雑記

中級機種の良さがわかる時

プロフェッショナルな人は、中級向きのモノの良さがわかる。

プロのカメラマンが、外に持ち出すカメラが、最上級のものではなく、中級機種だったりする。

最上級のものも含めて、いろいろ使ってみて、中級機種に落ち着くことは多い。

そして、その機能の全てを完全に使いこなす。

中級機種というのは、実はおもしろいのである。

初級機種は、ユーザーフレンドリーを求めすぎて、全自動になる傾向が強い。
こういうものは、プロにとって、使いこなすことができないのである。
腕の立つ者にとって、考える余地がないものは、やはりつまらない。

中級機種と、上級機種の違いは質感や耐久度だったりして、基本的な機能はあまり変わらない。
厳密には、わずかに違うのだが、特定の機能そのものがあったり、なかったりするような、違いではないのである。
特殊な場合を除いて、上級機種の限界ギリギリの機能を使うことはほとんど考えられないし、そもそも腕が確かなら、別のアプローチで攻めることがいくらでもできる。

上級機種は、耐久度が極められている分、倍くらい重かったりする。
値段は5倍くらいする。

どうもにも、身軽に動けなくなったりする。
特に外に持ち出す時は、中級機種の方が便利で無駄がなかったりするな〜、とある時に気がつくのである。

category
雑記

大多数の脅威

大多数が間違った方向に進むと、正論が通用しなくなるし、そもそも議論を交わせる場もなくなる。

間違っているのに、大多数が間違っているので、間違ったまま成り立っていたりする。

多様性は無くなり、間違った方向へ、整然と4列縦隊で行進する。

その波に乗れない者は、恥ずかしい、残念な人とみなされて、隅の方に追いやられる。

戦争前〜中とか、そんな雰囲気だったんだろうな〜。

category
雑記

暗記する

このところの直感として、

「暗記する」

という意識を放棄してはならない気がする。

本来人間は、意識せずとも身の回りのことを、少しずつ記憶していくのだろうと思っていたが、
実はほとんど期待できないことがわかった。

記憶するには、覚えてやろうという、能動的な意識がわずかであっても必要だ。
そして現代人は、そのわずかな努力を避けようと思えばそれなりに避けられる環境にいる。

努力には負荷がつきものなので、とにかく避ける。
結果として、どんなモノでも、記憶する機会は激減する。

それで済むならそれでいいのではないかと、言われるだろう。

しかし、私は直感的にそれを危険だと感じる。
今こそ、

「暗記する」

ことを見直し、実行してみるのは、意味のあることではないだろうか?

category
雑記

限定された選択・組み合わせ

「限定された選択・組み合わせ」

というのは、現代人が自分らしさを得るために日々行なっている行動だろう。

「完全なオーダーメイド・手作り」

というのは、あまりに馴染みがない。

完全なオーダーメイドは、オーダーする側の負担(考えなくてはならないので)も大きく、確固たる自分を持っていて、自信もなければオーダーできない。

限定されたものの中から選ぶと言うのは、選ぶ側の負担は少なく、最初から提示されているものの中から選ぶのなら、はじめからお墨付きをもらっているような状態なので、心強いのである。

商品企画をする時に、どの程度のカラーバリエーションを作るかが問題となるが、これが多すぎると、だんだん選ぶ側がしんどくなってくる。
カスタムパーツの多さも、どの程度にするか、結構重要である。
カスタムの自由度が高くなりすぎると、多くの人はその自由と向き合うだけのエネルギーを割く気にならず、離れていったりする。

かと言って、全く自由度がないと、自分の関与がゼロになるので、自分の思い入れが入らない。

現代人が、モノ(プロダクト)に向かう姿勢というのは、かなり統一された感覚の上に成り立っていると思う。

もしかしたら、それは、生き方にも現れているのではないだろうか?

category
雑記

自ら苦しみを引き受ける覚悟は意味があると思う。

やってて楽しいこと、楽しそうなことを、どんどんやってみよう。

という感覚を基本的には、肯定している。

しかし、それだけが原動力になると、楽しくなくなったらすぐに止めることになる。

その先にある何かに期待をして、我慢する、頑張る、努力する、耐える、という覚悟も大切だ。

ただし、それは誰かに強要されるようなものであってはならない。

「なんで、そんな苦しみながら努力しているの?」
「自分で決めたからだ」

というのは、OK

実際に、専門的に高レベルな人は、どこかでこうした苦しい時期を経験している場合が多い。

category
雑記

デッサン力を極める

「デッサン力(でっさんりょく)」というのは、絵を描く技術の1つである。

デッサン力向上のトレーニングとして、美大対策予備校などでは、石膏像やリンゴやブロック、パイプ椅子と人物などを、鉛筆や木炭などをで描きまくったりする。
2年、3年と続けると、結果的に、高いデッサン力を得ることができる。

しかしその後、その技術を使うような作品を作らなければ無駄になるのだろうか?
絵を描くのをやめて、立体作品を作るようになったらどうか?
小説家になった場合は、そのトレーニングは無駄になるのか?
作品を作らなくなったらどうなのか?

絵画制作の1つの技術としてのデッサン力は確かに、かなり限定的な技術に過ぎないが、
極めると、この技術は非常に人生を豊かにする。
少なくとも、複眼的になり、視野が広がり、ものごとがよくわかるようになる。

究極的に、デッサン力は

1 部分的な仕事をしつつも、常に全体を意識し、把握する能力
2 わずかな兆候から、そのモノ・コト・事象の本質を見抜く能力

といえる。

「え、〇〇さんと、付き合っているの知っていたの?
誰も気が付いていないと思っていたのに」

「それが、私のデッサン力よ」

美大生、美大出身者の間では、このような会話がなされたりすることがあるが、
この場合、2番目の意味で使われているわけである。

category
雑記

雇用の保証という前提?

雇われている側の発想として、「雇用の保証とか安定」を当然の権利として、雇っている側に求める意識が根強くある。

私は、それが不思議だと思う。

そもそも、保証などできないだろうし、
無理に保証しようとして、需要のない仕事を続ける羽目になったりすることは、不健全だ。

長い目で見れば、雇っている側も、雇われている側も、社会全体に対しても、サービスの利用者に対しても、悪影響を及ぼす。

もっと柔軟に動いた方が、自分のためでもあり、世のため人のためでもある。

category
雑記

ある意味、チャンスだ!

おもしろい時代に生きていると思う。

世の中の激変を目撃している。

黒電話から、スマホの普及までを目撃しているし、
ワープロや、PC98から、カセットテープ、MD、最初のファミコンも知っている。

私が物心つく前は、バブル期で日本全体が右肩上がりだったようだが、その後空中分解して、今は、分裂しつつ落下しているのではないだろうかと思う。

ひと昔の価値観では世の中がうまく回らなくなったが、多くはその価値観を堅固に保っている。
多くは、この激変に対応できていない。

ここらで、全く新しい考え方で動き始めないと、衰退あるのみである。

新しい動きを始めるには、いささか元気のない時代であるが、しかし、わかっている人には動き出してもらいたい。

ある意味、チャンスなのだ。

category
雑記

そもそも、どんな人間になりたいか?

まず、どんな人間になりたいかを、イメージすることが最も重要だ。

次に、職業的なものが割り出される。
こういう人になるためには、こういう仕事が有利だ、ということである。
もしくは、こういう人になるために、こういうことしていたら、結果的に仕事としても成り立った、ということもあるだろう。

同時にどのような技術が必要で、どのようなトレーニング・勉強が必要かが割り出せる。
そうしたら、そのトレーニング・勉強計画を立てて、中間目標を設定する。

これが、基本形である。
多少の変形パターンはあるだろうし、行きつ戻りつすることもあるだろうし、ガラッと変わることもあるかもしれない。

ただ、逆をやってはいけない。

「期末テストが近づいて来たから、テスト範囲勉強してます」
「どこの大学ならいけますか? あ、じゃあ、そこ行きます」
「どのなら就職できますか? あ、じゃあ、そこ就職します」
「どんな人間になりたいか? ・・・公務員やってますけど」

いや、別に公務員がいけないと言いたいわけではなく、
とにかく、こういう思考パターンになるのはよくないということ。

よくないというのは、自分の人生を生きられないから、よくないという意味である。

自分の人生の主導権を自分で握るためには、まず、どんな人間になりたいかをイメージすることから考えるべきだ。

category
雑記

理想の先生は「抑えが効く」

「先生に、理由を聞いたり、質問したりするのが怖い」

中学校・高校はどこでもそんなところなんだなあ〜、と実感することが多い。

私自身、学校で教えていたことがあるのでその雰囲気はよくわかる。
生徒ときちんとコミュニケーションを取ろうとする姿勢をみせると、他の先生に白い目で見られる。
職員室で「生徒がこういう質問、提案をしていますけどどうでしょうか?」などと言おうものなら、それはもはや非常識であり、内容以前に、呆れられること間違いなしだ。

職員室では「抑えの効く先生」というのが、最大の褒め言葉である。

生徒から異議が一切出ない雰囲気を強力に作り出す。
「私に逆らう者はおるか!?」
そして、生徒が怖気付いて黙ってしまうと、それは、非常に能力の高い先生の証である。

学年主任になったり、校長になったりする。

新任の先生でも「抑えが効く先生」は、評価される。
「抑えが効く先生」は、目指すべき理想像と、ほぼ全ての教員が認識している。

しかし「抑えの効く先生」は、生徒を抑えることしか能がないとんでもないアンポンタンである。
学校の先生の多くは、生徒を踏みつけながら、埃のような誇りを感じつつ、アンポンタン街道をまっしぐらに、何十年も爆走していくのである。

そんなアンポンタンに付き合うのは人生の損失と言えるだろうし、人間性も損なわれるだろう。

category
雑記

少数精鋭の遊撃戦

この5年間で学んだことの一つとして、組織の大きさは、結構重要だということ。

何か新しいことをやろうとか、世の中に切り込んで行こうとか、そいう動き方ができるのは小規模組織、しかも公の紐付きではない組織である。

先見の明があり、経営が上手かったりすると、組織が大きくなってしまうかもしれない。
そうなると、動きが鈍くなる。
組織を維持することにエネルギーが取られてしまう。
やりたいことは、途端にできなくなる。

うまいこと組織の大きさをコントロールして、身軽に動けるけど、それなりに大きなこともできるし、収益も確保できるという規模を保つことが重要かもしれない。

巨艦巨砲主義の全面戦争に勝算は薄く、少数精鋭の遊撃戦こそ、時代を切り開く。
もし、切り開けないほどに世の中がひどい状況なら、その部隊は方舟に乗り込むことになるだろう。

category
雑記

いろんなことをやってみる

「いろんなことをやってみる」というのが、
その人にとってプラスに作用する場合と、そうでない場合があると思う。

プラスに作用する人は、どういうひとか?

それは、自分の中に柱がある人だと思う。

例えば、なりたい自分像を明確に意識しているとか、
世の中に訴えたいことがあるとか、
何らかの宗教的な信仰心が強いとか、
武士道を持っているとか、
1つの技術を極めたことがあるとか。

そういう何かしらの柱があると、いろいろなものにさらさらと触れても、その柱に統合することができるのである。

もし、そういう柱がないままに、いろいろなことをやる場合は、
柱を作り出すためのリサーチという意識を持った方がいいかもれない。

柱になりそうな気配を察したら、それに絞ってとことんのめり込めばいい。

category
雑記

先生の学ぶ姿勢が見えてもいい

人に教えながらも、授業で学ぶ姿勢を持っても、いいだろうと思う。

つまり、授業中に

「先生もわからないな、どういうことか一緒に考えてみよう」
「先生もわからないから、調べてくるよ」
「先生もわからないから、もっとハイレベルな別の先生に聞いてみるよ」
「先生もわからないから、別の先生に聞いてみてよ、そして、わかったら教えてくれないか」

ということが生じても、別に恥じることではないかと。
否、確かに恥じるべきことであるかもしれないが、それ以上に賞賛される部分が大きいのではなかろうかということだ。

恥ずかしい点は、まあ、先生なのにわからないということである。
賞賛されるべき点は、先生なのに、わからにところを素直に認めて、わかりたいと思い、わかるためのアクションを取ろうとしていることである。

生徒(学習者)としては、この先生はレベルが低いな、と思うよりも、この先生は学ぶ姿勢を持っているな、と思った方が得だ。
学ぶ姿勢を学べるから。

category
雑記

歴史検定(日本史2級)合格

昨年11月下旬に受けた、歴史検定(日本史2級)の結果が送られてきた。
勉強の成果がわかりやすい形で現れると、それはそれで嬉しいものだと思う。

関連記事は、こちら(日本史2級までの勉強)と、こちら(日本史2級受験後の感想)

KC4I0514_convert_20180117160744.jpg
category
雑記

私は、艦と運命を共にする

「うむ、もはやこれまでか」

「は? まだ少しは持ち堪えられるかと」

「私は、艦と運命を共にする」

「じゃ、その前に退艦命令を」

「良い人生だった・・・
退職金は、ここに振り込んでくれたまえ」

「艦長!」

category
雑記