山口功のブログ雑記
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デッサン力を極める

「デッサン力(でっさんりょく)」というのは、絵を描く技術の1つである。

デッサン力向上のトレーニングとして、美大対策予備校などでは、石膏像やリンゴやブロック、パイプ椅子と人物などを、鉛筆や木炭などをで描きまくったりする。
2年、3年と続けると、結果的に、高いデッサン力を得ることができる。

しかしその後、その技術を使うような作品を作らなければ無駄になるのだろうか?
絵を描くのをやめて、立体作品を作るようになったらどうか?
小説家になった場合は、そのトレーニングは無駄になるのか?
作品を作らなくなったらどうなのか?

絵画制作の1つの技術としてのデッサン力は確かに、かなり限定的な技術に過ぎないが、
極めると、この技術は非常に人生を豊かにする。
少なくとも、複眼的になり、視野が広がり、ものごとがよくわかるようになる。

究極的に、デッサン力は

1 部分的な仕事をしつつも、常に全体を意識し、把握する能力
2 わずかな兆候から、そのモノ・コト・事象の本質を見抜く能力

といえる。

「え、〇〇さんと、付き合っているの知っていたの?
誰も気が付いていないと思っていたのに」

「それが、私のデッサン力よ」

美大生、美大出身者の間では、このような会話がなされたりすることがあるが、
この場合、2番目の意味で使われているわけである。

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雇用の保証という前提?

雇われている側の発想として、「雇用の保証とか安定」を当然の権利として、雇っている側に求める意識が根強くある。

私は、それが不思議だと思う。

そもそも、保証などできないだろうし、
無理に保証しようとして、需要のない仕事を続ける羽目になったりすることは、不健全だ。

長い目で見れば、雇っている側も、雇われている側も、社会全体に対しても、サービスの利用者に対しても、悪影響を及ぼす。

もっと柔軟に動いた方が、自分のためでもあり、世のため人のためでもある。

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ある意味、チャンスだ!

おもしろい時代に生きていると思う。

世の中の激変を目撃している。

黒電話から、スマホの普及までを目撃しているし、
ワープロや、PC98から、カセットテープ、MD、最初のファミコンも知っている。

私が物心つく前は、バブル期で日本全体が右肩上がりだったようだが、その後空中分解して、今は、分裂しつつ落下しているのではないだろうかと思う。

ひと昔の価値観では世の中がうまく回らなくなったが、多くはその価値観を堅固に保っている。
多くは、この激変に対応できていない。

ここらで、全く新しい考え方で動き始めないと、衰退あるのみである。

新しい動きを始めるには、いささか元気のない時代であるが、しかし、わかっている人には動き出してもらいたい。

ある意味、チャンスなのだ。

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そもそも、どんな人間になりたいか?

まず、どんな人間になりたいかを、イメージすることが最も重要だ。

次に、職業的なものが割り出される。
こういう人になるためには、こういう仕事が有利だ、ということである。
もしくは、こういう人になるために、こういうことしていたら、結果的に仕事としても成り立った、ということもあるだろう。

同時にどのような技術が必要で、どのようなトレーニング・勉強が必要かが割り出せる。
そうしたら、そのトレーニング・勉強計画を立てて、中間目標を設定する。

これが、基本形である。
多少の変形パターンはあるだろうし、行きつ戻りつすることもあるだろうし、ガラッと変わることもあるかもしれない。

ただ、逆をやってはいけない。

「期末テストが近づいて来たから、テスト範囲勉強してます」
「どこの大学ならいけますか? あ、じゃあ、そこ行きます」
「どのなら就職できますか? あ、じゃあ、そこ就職します」
「どんな人間になりたいか? ・・・公務員やってますけど」

いや、別に公務員がいけないと言いたいわけではなく、
とにかく、こういう思考パターンになるのはよくないということ。

よくないというのは、自分の人生を生きられないから、よくないという意味である。

自分の人生の主導権を自分で握るためには、まず、どんな人間になりたいかをイメージすることから考えるべきだ。

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理想の先生は「抑えが効く」

「先生に、理由を聞いたり、質問したりするのが怖い」

中学校・高校はどこでもそんなところなんだなあ〜、と実感することが多い。

私自身、学校で教えていたことがあるのでその雰囲気はよくわかる。
生徒ときちんとコミュニケーションを取ろうとする姿勢をみせると、他の先生に白い目で見られる。
職員室で「生徒がこういう質問、提案をしていますけどどうでしょうか?」などと言おうものなら、それはもはや非常識であり、内容以前に、呆れられること間違いなしだ。

職員室では「抑えの効く先生」というのが、最大の褒め言葉である。

生徒から異議が一切出ない雰囲気を強力に作り出す。
「私に逆らう者はおるか!?」
そして、生徒が怖気付いて黙ってしまうと、それは、非常に能力の高い先生の証である。

学年主任になったり、校長になったりする。

新任の先生でも「抑えが効く先生」は、評価される。
「抑えが効く先生」は、目指すべき理想像と、ほぼ全ての教員が認識している。

しかし「抑えの効く先生」は、生徒を抑えることしか能がないとんでもないアンポンタンである。
学校の先生の多くは、生徒を踏みつけながら、埃のような誇りを感じつつ、アンポンタン街道をまっしぐらに、何十年も爆走していくのである。

そんなアンポンタンに付き合うのは人生の損失と言えるだろうし、人間性も損なわれるだろう。

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少数精鋭の遊撃戦

この5年間で学んだことの一つとして、組織の大きさは、結構重要だということ。

何か新しいことをやろうとか、世の中に切り込んで行こうとか、そいう動き方ができるのは小規模組織、しかも公の紐付きではない組織である。

先見の明があり、経営が上手かったりすると、組織が大きくなってしまうかもしれない。
そうなると、動きが鈍くなる。
組織を維持することにエネルギーが取られてしまう。
やりたいことは、途端にできなくなる。

うまいこと組織の大きさをコントロールして、身軽に動けるけど、それなりに大きなこともできるし、収益も確保できるという規模を保つことが重要かもしれない。

巨艦巨砲主義の全面戦争に勝算は薄く、少数精鋭の遊撃戦こそ、時代を切り開く。
もし、切り開けないほどに世の中がひどい状況なら、その部隊は方舟に乗り込むことになるだろう。

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いろんなことをやってみる

「いろんなことをやってみる」というのが、
その人にとってプラスに作用する場合と、そうでない場合があると思う。

プラスに作用する人は、どういうひとか?

それは、自分の中に柱がある人だと思う。

例えば、なりたい自分像を明確に意識しているとか、
世の中に訴えたいことがあるとか、
何らかの宗教的な信仰心が強いとか、
武士道を持っているとか、
1つの技術を極めたことがあるとか。

そういう何かしらの柱があると、いろいろなものにさらさらと触れても、その柱に統合することができるのである。

もし、そういう柱がないままに、いろいろなことをやる場合は、
柱を作り出すためのリサーチという意識を持った方がいいかもれない。

柱になりそうな気配を察したら、それに絞ってとことんのめり込めばいい。

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先生の学ぶ姿勢が見えてもいい

人に教えながらも、授業で学ぶ姿勢を持っても、いいだろうと思う。

つまり、授業中に

「先生もわからないな、どういうことか一緒に考えてみよう」
「先生もわからないから、調べてくるよ」
「先生もわからないから、もっとハイレベルな別の先生に聞いてみるよ」
「先生もわからないから、別の先生に聞いてみてよ、そして、わかったら教えてくれないか」

ということが生じても、別に恥じることではないかと。
否、確かに恥じるべきことであるかもしれないが、それ以上に賞賛される部分が大きいのではなかろうかということだ。

恥ずかしい点は、まあ、先生なのにわからないということである。
賞賛されるべき点は、先生なのに、わからにところを素直に認めて、わかりたいと思い、わかるためのアクションを取ろうとしていることである。

生徒(学習者)としては、この先生はレベルが低いな、と思うよりも、この先生は学ぶ姿勢を持っているな、と思った方が得だ。
学ぶ姿勢を学べるから。

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歴史検定(日本史2級)合格

昨年11月下旬に受けた、歴史検定(日本史2級)の結果が送られてきた。
勉強の成果がわかりやすい形で現れると、それはそれで嬉しいものだと思う。

関連記事は、こちら(日本史2級までの勉強)と、こちら(日本史2級受験後の感想)

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私は、艦と運命を共にする

「うむ、もはやこれまでか」

「は? まだ少しは持ち堪えられるかと」

「私は、艦と運命を共にする」

「じゃ、その前に退艦命令を」

「良い人生だった・・・
退職金は、ここに振り込んでくれたまえ」

「艦長!」

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日本人絶滅計画(教育編)

日本人の文化的な水準を低下させ、かつ主体的は何もできないようにするには、どうすればいいか?

まず、教育機関で、しっかりと主体性、ひいては人間性を奪うことが重要だろう。

小学校なり、中学校なり、高校なり、とにかく子供はほとんどの時間をそこに縛りつけるようにする。
学校外から、なんらかの刺激を受けたり、考え方の多様性学んだり、何かに憧れを持ったり、自発的に活動を始めないために、生徒たちを学校で「忙しく」させて「疲れ」させておいたほうがいい。
その上で、学校に来ない生徒は、強制的に連行して学校に来させるか、徹底的に弾圧する。反乱分子は早めに潰したほうがいい。

指示命令で極力自由裁量のない環境に置くようにし、宿題もぎりぎりやりきれないくらいの量を出し、自由時間を与えないように心がける。
教員は、身も心も金剛力士像のように威圧的な人を採用するようする。そして、そのような「抑えの効く」教員は賞賛する。
宿題の他に、部活なども、大いに役立つだろう。

勉強の内容においても、生徒の興味や習熟度とは関係なく一律で行う。
できるだけ難しく、内容が容易に理解できないようなものを、どんどん出すと良い。
一番いいのは、内容を理解できないレベルの難易度のプリントをただひたすら写し続けるみたいな、理解すらともなわなくてもいいよなものがいいだろう。

生徒の工夫やアレンジが見受けられる場合は、厳しく叱責するのがいい。
主体的に学ぶ意識や、自主的に行動を起こす力は、奪うようにする。

大学では、できるだけ現代っぽくて、表面的に派手でオシャレ風なものを、次々たくさん提示するようにする。
教員は学生を少しでも集め、就職率を向上させるために、専門性はあまり高くなくても良いので、やり手の営業マンのような人(地元企業にコネがあればなお良し)を採用する。
当然専門性は薄まるが、

「分野の枠にとらわれず、広く浅く、グローバルに活躍できる、教養ある人間を育てる」

などと、宣言しておけばいい。多くの人はそれで騙される。それで騙されない人はブラックリストに載せる。

1つの分野に長時間取り組むと、どうしても深みが出てくる恐れがあるので、その前に違う分野の入門授業に移行する。

入門授業(ヴィジュアル的に派手ならなお良い)をできるだけたくさんやり、広く浅く、というか、表面を滑ってるだけ、という状態を2年間なり、4年間なり、作り続け、それを教養だと誤解させてから社会に出す。

こうして、育成された人間は、

自主的に動くことはしないし、自ら考えることはしないし、世の中の真理や裏を探ろうとはせず、生きている意味も考えず、近視眼的で、影でブツブツ文句は言うこともあるが、表立って不正を糾弾することもなく、忘れっぽく、エネルギーも低いだろう。

このような人間で日本を満たすことができれば、日本人絶滅へ基盤は確立したも同然だ。

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外に向かう時と、内に向かう時の、バランス

人には、外に向かう時と、内に向かう時がある。


町を歩き回り、人と会ったり、交流して刺激を受ける。
まだ知り合っていない人、まだ行ったことない場所、まだ知らない分野・趣味、こういうものに接触してみる。

これは、外に向かう動き言える。


すでに集まった情報を整理して、深く考えてみる。
いつものルーティンの中で細かい工夫を積み重ねる。
ごく親しい人と語り合う。
いつもの散歩コースを回る。

これらは、内に向かう動きと言える。


この両方のバランスがかなり大切だろう。

外にしか向いていない人は、ひたすら青い鳥を探し続け、自分の中身は空っぽのままだ。
内にしか向いていない人は、風通しが悪くて、息苦しくなり、やがて化石になる。

鍋料理で例えてみるとわかりやすい。

スープの入った鍋に、肉や野菜を放り込んで、即座に取り出して食べたら、それは単なる生肉、生野菜だ。
逆に、水も何も追加せず何日も火を入れたら、黒焦げになるだけだ。

どの程度煮込むかは、人によって好みが違う。
ちょうど良いところを探りながら、柔軟に野菜を足したり、水を足したりすることが、求められる。


少なくとも、「そのコントロールを自分がする」という意識は持つべきだ。

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一般常識とはなんぞや?

採用試験なり、何らかの資格取得試験の1科目なりに、

「一般常識問題」

という科目がある。

これが、とても不可解である。
「一般常識」とは、なんぞや?

「従業員は店頭の商品を盗んではいけない」
「勤務時間が終わる前に、勝手に帰ってはいけない」

とか、そういうことを知っているかどうか試されるのだろうか?
それとも、

「神社でのお参りの仕方は?」
「結婚式に呼ばれた時にいくら包むか?」

などが、問われるのだろうか?

それとも九九とか、分数の足し算とか、常用漢字の読み方とか、そんなことも範囲になるのだろうか?

重大な被害をもたらした台風の名前とか、
現役アイドルの名前が問われたりするのだろうか?


「一般常識」という言葉が、もはや、かなりレトロ感じがする。

みんなが知っているコト・モノ・ヒトが、少ない。
柱とする価値観も揺らいでいる。
何を一般常識の範囲に入れていいのか、判断するのは難しいだろう。

まあ、いちばんの問題は、その「一般常識」という科目をどう勉強するかだ・・・。
範囲がよくわからないと勉強しにくい。

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有意義に語る方法

何かしら、深い、意味のある、議論が生まれそうな、話をするには3つの要素が必要なのではなかろうかと考えている。

◇ 知識  (経験から得られるものも含む)

むろん、知識が無いと話が始まらない。
しかし、知識で話倒すと単なる「知識ひけらかしおじさん」になる。

◇ 要約力 (説明力と言ってもいい)

相手の反応を見ながら、相手が知らないと思われる知識をわかりやすく要約して伝える。
どの程度どこを手厚く説明するか、どこを省略するか、無駄に知識を並べると話がわかりにくくなるだけなのでダメ。
例え話がうまく使えるとよろしい。

◇ 自分の意見の主張 (や問題提起)

これが無いと単なる、「わかりやすい説明」で終わってしまう。
(もっとも、学校の授業で先生がしゃべる場合はそれでも良い)
しかし、説明はあくまで前振りで、そこで、知識(と経験)を自分なりに組み合わせた主張を行うこともある。
その際、その根拠で主張を補強したりする。

この3つが揃ろうと、とりあえず、有意義な語りをしていることになるだろう。

さらに、それぞれのレベルが上がれば、素晴らしい議論が展開されるようになる。

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静かに過ごす年明け4日

本年末年始は、制作をしない期間なので、

普段やろうやろうと思っていて、やり残していることに取り掛かっている。

読んでいないペーパーバックを読んだり、11月下旬に受けた日本史検定の問題をきちんと見直したり、放送大学で今履修している科目の過去問を解いたり、3Dソフトをリサーチして、少し試してみたり、(ミサカは、ミサカは、)

あと、「薔薇の名前」(映画)を借りてきて観た。

これは、かつてウンボルト・エーコの小説(原作)をペーパーバックで読もうとして、あえなく撃沈したが、それなら映画を見るべきだろうと、ずっと思っていたのある。

推理物(ミステリー)とも言えるが、それ以上にカトリックが支配する中世ヨーロッパの雰囲気が味わえる。

ウンボルト・エーコは、学者らしくそのあたりの時代考証をしっかり行い、原作を書いて、それは映画にも反映されているのだろう。

それゆえ、言語的にも、キリスト教にも深い知識が求められる原作を読むには、私の英語力や知識では歯が立たなかったのだろうと思われる。

話を映画に戻すが、「本」が重要なアイテムとして登場する。
知識を求める者は、本を読みたいという欲求を持っている。
火事になっても、逃げる前に、持てる限りの本をかき集める。

今、火事になって、本を守ろうとする人はいるだろうか?
現代社会で、手書きの本(貴重な写本)を持っている人は少ないだろう。
本屋で買えるものは、そもそも何部も刷られている。
本は、毎年死ぬほど世に出される。
とてもではないが一人の人間が読みきれるものではない。
火事になったら、本は放っておいて即座に逃げる方が賢明だ。

現代人は、スマホ引っ掴んで逃げるのかな・・・。
そこに英知はあるのかい?

個人情報はあるでしょうけどね。

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2時間独りでいるという経験はいかがでしょうか?

独りになる時間を作って見みてはどうだろうか。

インターネットに繋がっていると、独りにはなれない。

スマホを家に置いて、独りでカフェかファミレスにでも行って、2時間過ごしてみたらどうだろう。

一冊だけ本を持っていくとしたら?
ノートと鉛筆だけで、2時間過ごすとしたら、何を書くのか?

賢い人間になるには、情報や道具を制限することが大切になっている。
かつてない、事態だと思う。

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信用されるような生き方をすればいいだろ。

教員免許を持っていると信用されるのか?

たま〜に、
「教員にならなくても、教員免許を持っていると信用されるから取ったほうがいい」
「何だかんだ言っても、教員免許を持っているから信用はされるのよ」

みたいなことを言う人がいる。

ところが、それは全くあてにならないし、それはかなり愚かな考えである。
物事の本質がまるで見えていない。

百歩譲って「はったり程度に使う」としても、教員免許は弱すぎるし、人によっては逆に悪いイメージを呼び起こしたりして逆効果。
服装や話し方を工夫するほうがよっぽど有益だ。

しかし、本質的に大切なのは、信用されるような生き方をすることだ。

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秒針が本当に秒を伝える時代

子供の頃から、時計の「秒」に対する意識は高かった。

確実なのは、電話をかけて確認する時刻。
あと、テレビやラジオで知らせる時間。

これ以外は1秒単位で正確に合っているわけではない。

自分の腕時計をきちんと合わせるために電話をかける。

しかし、1日も経てば、その秒針はあてにならない。
どうせ何秒かずれている。
秒針は世界に直結しているわけではなく、時の流れを感じさせる程度のインテリアになり下がっていた。

ところが、今私の持っている腕時計は秒針に厳密な意味を持っている。
32秒なら、この世界がこの瞬間32秒だと言うことを意味している。

秒針から、世界の時刻が調律された感覚を日々感じている。

TOEICでも、英検でも、あらゆる検定試験でも、開始時間と終了時間が、秒単位で正確なのが、自分の腕時計から確認できる。

秒針から時の流れを感じるだけでなく、秒針から本当に「秒」を読み取れる。
これは、革命的なことであり、時刻という人工物の最終形態と言ってもいい。

歴史的に見たらあっという間の出来事であり、途方も無い驚きである。

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今、正社員になることは、貧乏くじを引くことと同じなのではなかろうか?

社会全体が萎んでいく時に、社会に出て行くと理不尽な思いをするものだ。

例えば、不景気になって、給料を下げざる得なくなるとして、誰の給料を下げるか?

勤続30年、給料50万のベテラン社員の給料を下げるか、
もしくは、これから入ってくる社員の給料を下げるか。

経営者は当然後者を選ぶ、なぜならこれから入ってくる社員の給料はいくら下げても文句を言われない。
「オレが入社する前に、初任給を下げるなど何事だ、訴えるぞ!」と、入社する前に文句を言う人はいない。

一方、ベテラン社員は経営者の友達だったりするし、下げると角が立つし、同じ属性の経営者自身の給料も下がる可能性がある。

結果的に、新入社員の給料はいくらでも下がる。20万?17万?15万でもいいだろう。

ベテラン社員は50万、かわらず。
もしかしたら、5万くらいは下げるかもしれない。45万で我慢してね。

しかし、50万が45万になってもそれほどのダメージはないだろうが、20万が15万になったら生活すること自体難しいのではなかろうか?

「日本は年功序列だから、しょうがないよね」

しかし、ここ15年間誰も昇給してません。
これから上がる見込みありますかね?
これは、年功序列でしょうか?

正社員になることと、貧乏くじを引くことは、同じことです。

もっとも、企業によっては景気のいいところもあるでしょうがけど、それはかなりレアなケースでしょう。

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英語を教えるというか、学び方を身に付けてもらいたい。

英語を教える仕事をしている。

当然、私は英語の先生として、英語を教える。

しかし実は、学び方、独学で自分を鍛える方法や感覚を学んでもらいたいと思っている。
これを身につければ、あとは生徒自身で、勝手にいくらでも実力を付けてくる。

英語に限定して言えば、基本的なことをしっかり身につけること。

これが、入試や検定に対しても重要だし、英語を実際に使う場面でも大切だ。

細かいテクニックは、教えるまでもないという、結論に行き着く。

基本を身につけていく中で、学び方も学び、そして細かいところを勉強する頃には、もう自分で勉強できるし、そっちの方が早い。

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キーワードは環境確保と情報制限

勉強・学習・技術習得を深めるのに必要な条件が2つあると思う。

1 環境を整える
2 情報・道具立を制限する

限られた書籍、限られた道具、限られた人とのやりとり、そんな中で、豊かな深みえとたどり着ける。

例えば、
ネットに繋がらない空間で、英語の長文問題集を1冊だけ抱えて、1週間くらい1人でいたら、学校で1年間英語の授業を受けるよりも長文読めるようになりそうだ。

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情報や道具の限定

いきなり、情報や道具を限定するのも、手だと思う。

得た情報を熟知し、使う道具を熟知して、はじめて深めて行くことができる。

クリエイティブな活動は、どこかしら深めた部分がないと、生じないのである。

情報も道具も、一生かかっても把握できないほど存在し、かつ、簡単に入手できる時代になったので、限定することがかつてないほど重要になったといえるだろう。

そうしないと、ひたすらアメンボウのごとく、表面を滑っているだけである。

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第4回 プロばな

第4回 プロばな

2017年12月2日(土)に収録いたしました対談です。

◇ 話し手
本田篤嗣 (認定コーチ・ビジネス書著者)
坪郷浩一 (工学博士)
山口功 (美術博士)

◇ 内容
プロが語る、プロの話「プロばな」

今回は、
「師匠と弟子、先生と生徒の関係」
について話しました。

よろしければ、ご覧ください。

第四回 プロばな・前半

第四回 プロばな・後半


◇ バックナンバー

第三回 プロばな・前半

第三回 プロばな・後半


第二回 プロばな・前半

第二回 プロばな・後半


第一回 プロばな・前半

第一回 プロばな・後半

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歴史能力検定試験 日本史 2級 攻略 体験記

ひょんなことから、歴検日本史2級を受けてみようかと思ったのが、2016春。

中学以来、日本史には無縁の人生を送っていたが、わずかながら日本史の知識は持っていた。

卑弥呼、古墳、大化の改新、平城京、平安京、(いい国作ろう)鎌倉幕府、金閣寺、室町幕府、織田信長、関ヶ原の戦い、平賀源内、日露戦争、大正デモクラシー、太平洋戦争、マッカーサー

などの、単語を知っていた。(漢字が書けるかは別にして)

しかし、このように順番に並べることはできなかったと思う。
平城京と平安京のどちらが先か、鎌倉幕府と室町幕府のどちらが先か、・・・自信をもって答えることができなかった。
そして、防人をなぜか「モリト」と勘違いして読んでいた。(後から考えたが、これはシドニアの騎士の影響で混同したのだろう)

つまり、日本人としては、かなり日本史を知らない人であった。

どんな教材で勉強して良いかわからなかったので、「武田塾(日本史の勉強法)」という入試教材を解説している動画を見る。
その動画で、まずはこれで流れを掴め、みたいな感じで紹介されていた

「金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本【改訂版】」(3冊)

を買って、その付録で付いていた講義のCD3枚を流し聞きした。
そして、2016秋に受験して、4割にすら届かず。

このCDは非常にコンパクトにできていて、優れた教材であるが、さすがにそれを流し聞きした程度では歯が立たたない。
(というか、これは勉強しているとは言えないのである。この時は、試しに受けてみるという姿勢で試験を受けたのである)

きちんと勉強しないとだめだと、決意をして、本格的に勉強を開始したのは、さらにその半年後の2017年6月である。

まず、受験用(センターレベル)の問題集、

「スピードマスター日本史問題集―日本史B」

を、1歩進んで2歩下がるみたいなやりかたで。1日3つずつこなしていった。
6月1日は123を解く、6月2日は、234を解く、6月3日は345を解く、といったペースである。

もちろん、1周目はほとんど何もわからないので、答えを見ながら確認していくような状況になる。

7月は2周目、1日4つずつ、1歩進んで、3歩下がる。
8月は3周目、1日5つずつ、1歩進んで、4歩下がる。

この頃「ムンディ先生の日本史ストーリーノート」という動画を発見して、それを見始める。

9月はスピードマスター4周目、8月と同じペースで回す。

この辺りになる、8割くらいは出てくるようになる。

10月は、「スピードマスター」は少し減らして(3か4つずつにして)、過去問に手をつける。

過去問は最新の
「歴検実戦!テスト形式過去問題集2級日本史」

それから、少し古い
「歴史能力検定 2級日本史過去問集〈Part2〉」

を購入していたが、いずれも分量は5回分

主に「実践!」の方を細々と解いたりする。

あとは、「大学入試センター試験実戦問題集日本史B 2017」を解説が多かったし、安かったので買ってみて、サプリメント的に勉強中の時代などを解いたりした。(結局これはつまみ食い程度しかできなかった)

11月に入ったら、「スピードマスター」はやめて、過去問に力を入れる。
ダミーの選択肢も吟味して、この部分がこうなってたら、これも正解になるな〜。
などと、丁寧に接して、過去問集2冊と、2016年に受けた問題の11セットを日々1.5セットくらいのペースで取り組んでいく。

11月中旬からは1日に2セットか、2.5セットくらいこなし、最終的にこの11セットを5周回した。
流れが怪しげなところは、「なぜと流れ」で確認、

語句レベルで怪しいところは、「日本史B一問一答【完全版】2nd edition」で確認。

ちなみにこの本は索引が引きやすいのと、ふりがなが充実している点で素晴らしい。
ただし、いきなりこれに噛り付いたら挫折すると思う分量。

料理している時、食事している時、お風呂に入っている時など、耳が空いている時は、
「ムンディ先生の日本史ストーリーノート」を聞きまくった。

11月入ってから、覚えておいたほうがいいな、と思うものはルーズリーフに書き出した。
これは「玉先生の炎の暗記プリント」を参考にしたが、実際は、いちいち調べて書くという作業自体が記憶の定着に貢献した。
その日にプリントを見返している時間はあまりな取れなかった。

以上の様に学習を進め、半年で、歴検日本史2級合格圏内に到達した。

時間的には、6月〜9月は1日1時間程度、10月は2〜3時間、11月は4〜6時間くらい、投入したことになる。

トータルで、315時間くらいかな。

たまたま見付けた、堀場浩信さんの記事で、
(2級合格は)「知識0から学習する場合、300時間程度」
と書かれているが、それに、ほぼ一致する。

私の体験が、これから歴検2級の勉強をされる方の参考になれば幸いである。


◇ 参考図書、動画

武田塾(日本史の勉強法) (YouTube)

金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本【改訂版】 原始・古代史
金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本【改訂版】 中世・近世史
金谷の日本史「なぜ」と「流れ」がわかる本【改訂版】 近現代史

スピードマスター日本史問題集―日本史B

ムンディ先生の日本史ストーリーノート (YouTube)

歴検実戦!テスト形式過去問題集2級日本史 (過去問)
歴史能力検定 2級日本史過去問集〈Part2〉 (過去問)

大学入試センター試験実戦問題集日本史B 2017

日本史B一問一答【完全版】2nd edition

第24回玉ラジオ「覚えにくいもんは炎の暗記プリントで」 (YouTube)
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雑記

第36回歴史能力検定試験 日本史2級 (2017年11月26日) 感想

本日、35回歴検(日本史2級)を受けてきた。

この試験は、問題用紙の持ち帰りのみならず、テスト終了時に解答解説まで配られるという至れり尽くせりである。
その解答解説みつつ、確認したところ、間違えなく合格できる程度の正解率であった。

問題はそれなりに簡単なものもあり、かなりレベルの高いものもある。
その難易度のばらつき加減がほどほどで、それでいて奇問はなく、よくできている試験だと思った。

例えば、

卑弥呼は、親魏倭王の称号を得た
1万石未満の武士で、御目見得が許されているのは、旗本
田中角栄、次の総理の時にロッキード事件で捕まる

というような知識が試されている問題が出たが、これはやさしい。

日本型中華思想の従属国とみなした国で、698年に建国されたのは、渤海
康勝が作ったのは、興福寺空也上人像
県令三島通庸の圧政に対して農民が反発したのが、福島事件

このような知識が問われるものは、難易度高めと感じる。

その他、よくみたら簡単なのに、そこに気がつかずに4つの選択肢の間を行きつ戻りつ悩み、間違えたりしたものもあった。
あとから、解説読んで「え、そんなところが、なんだ〜」みたいな感じである。
4択問題ならではの難しさというか。

あと、漢字で記入しなくてはならない問題があり、恥ずかしながら「擾乱」と「大隈重信」の漢字を間違えて2問落とす。

問題は50問全てに取り組むことができたが、時間的には思ったよりもタイトに感じた。
スラスラ解けば、だいぶ余るような時間設定であるが、迷ったりしているとギリギリになるような、感じか。

まあ、何にしても合格できる程度の正解率は出せたので、ホッとしているところである。

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