山口功のブログ
Entry Navigation

パス単一級

英検一級の単語問題攻略とりあえずの目標に、パス単1級から拾った単語を、カード化して回してる。

パス単一級2400見出し語のなかから、さしあたりわからないもの700枚ほどカードにしたが、それに丸々3ヶ月を回し続けている。
だいたい、80パーセントくらいになった。

しかし、このレベルの単語群は覚えるのがつらい。

でる度Aは、だいぶ前に回して、それで90パーセントくらい。
Bは80パーセント、Cの大部分はまだ手をつけていないので、10パーセントくらいではなかろうか。

このペースだと、すべてコンプリートするのにあと半年はかかりそうだ。

英単語も上級レベルになると、量が多いので、日々細々と継続することが重要になってくるだろう。

朝、顔を洗ったり歯を磨いたりするように、さらさらっとカードを回す。
気がついたら、半年後には英検一級のパス単がすべてわかるようになる。

さて、淡々と、日々カードを回そう。

category
英語

シリアルエクスペリメンツ レイン

シリアルエクスペリメンツ レイン
というアニメがある。

1998年に公開されたアニメである。
ということは、エヴァ(エヴァンゲリオン)の少し後ということだ。

このアニメを今見ると、実に興味深い。

SFとも言えるが、ちょっと未来つまり、今2017年あたりを予想しながら作られたような感じもある。
そういう視点で見て見ると、1998年の頃の予想と今との差を感じ取ることができるので、おもしろい。

この作品の大きなテーマは、バーチャルな世界とリアルな世界の境界線が曖昧になるという感覚だと思うが、それは今まさに人類の中で大きくなりつつある感覚である。

生身の肉体を持っている人間でありながら、同時に生身の肉体から離れた世界に浮遊しており、その世界においてはリセットが効く。つい、生身の肉体もリセットが効くだろうと思ってしまう。
リアルな世界の影の薄さや、バーチャルな世界の重み。
それを、じっくりと一種不気味な雰囲気で提示している。

1998年に、この感覚をここまで明確に押し出したのは、考え深い。

では、このアニメを今の中高生に見せたら共感してもらえるかというと、それは疑問である。
なぜか?

このアニメは長いカットで上記に述べたようなテーマを語っている。
じっくりと雰囲気で見せているところが多い。

この間をしっかり受け止めることができれば、よいのだが、今の中高生はこの間は単なる間でしかなく、集中力が維持できないだろう。

この点において、エヴァとは対極的だと思う。
エヴァはカットが短く、当時としては目まぐるしいくらいであったが、今は標準的とも思える。

あの頃から、人々の集中力は徐々に短くなってきたのではないかと思うが、レインは「長いカットでじっくり語る」最後(らへん)の作品かもしれない。

category
雑記

まず、信じ込むのも手です。

とりあえず、自分は「神様ではないが、人間界では超優秀」だと、信じ込む。

これは、結構有効だと思う。

全能の神ではないので、なんの努力もせずに世界中の言語が理解できたり、人間にはできないような、生身で空を飛ぶとか、そういうようなことはできない。
しかしながら他の人間(例えば偉人、むちゃくちゃ成功してるとみなされる人、その道の達人)ができていることはしかるべき努力をすれば、自分も確実にできるようになる、という確信。

これがあると、迷うことなく努力していける。
努力することに不安がなくなる。

これがあると、挑戦を恐れない。
失敗した時には冷静に再挑戦をすることができる。

人と違っても、構わないと思える。

そして、しかたなく生きる人生ではなく、自分の人生を生きることができる。

category
雑記

手応え

「手応えがあるか?」

「手応え」という感覚は大切だ。

スポーツにおいても、勉強においても、作品作りにおいても、ビジネスにおいても、その感覚が得られるかどうか把握しておくことが大切である。

ひたすらまじめに勉強していても、「手応え」に対して鈍感であると、ただ回数をこなしているだけで実力は上がらなくなる。

「あんなにまじめに勉強しているあいつが、なぜ試験になるとこんなにできないのか?」

もしかしたら「手応え」の有無に鈍感だからかもしれない。

category
雑記

やるべきことリスト

今日1日を大切に過ごすために、今日やるべきことを、書き出すことが日課になっている。

いわゆる、やることリストであるが、私の場合だいたい1日15〜25項目になる。

この中には「消しゴムを買う」とか「ブログを書く」とか「英語音読」「筋トレ」「制作」「翻訳(5センテンス)」「日記を付ける」「掃除機がけ」など、とにかく本日やるべきことはなんでも書く。そして、終わったら、二重線で消して横にokと書く。

最近、さらに「家を出る前」「家を出てから」「帰ってから」という色分けを蛍光マーカーで行うことにしたが、それが意外とわかりやすくて良いことが判明した。

あと、着手したものに三角印を付けるというもの、やる気が出て良い。終わらせられないまでも、始めることはできたのだからまあ良しとしようと、いうこともある。

やるべきリストを作ると、1日を効果的に使えるし、なによりやり忘れが生じにくく、コンプリートした時に達成感があってよい。

今日のリストは、20項目だが、残りは10.5項目である。

category
雑記

聴きながら、同時に訳す

レベル別英語長文問題集、レベル5の各章全て85回ほど読んだので、新しい取り組み方として、同時通訳的なことを試してみた。

ヘッドフォンで英語を流し、それを聞きながら、止めないで日本語に訳して喋り、それを録音する。
あとで英文を見ながら漏れがないかとか、誤訳がないかを確認する。

注意するポイントは、あくまでその時に流れてくる英語を構造的に捉え、内容を理解し、それを元に日本語で喋るということである。
何回も音読している文章なので、記憶を頼りに日本語を喋るとトレーニングにならない。

やってみてわかったが、熟知している文章でも難しいが、それだけに鍛えられる気がする。
私の場合、等倍ではできなかったので、0.75倍速にして行なった。

1ヶ月くらい細々と続けてみて、様子を見たい。

category
英語

シャドウイング時の工夫、その2

シャドウイング時の工夫、その2

映画などで、英語話者が話しているシーンを見てみると、口の動きが非常に大きいことに気がつく。

仮に私が耳の全く聞こえないアメリカ人だったとしたら、きっとその口の動きから何を喋っているのか読み取るのは簡単なのではなかろうかと、思うのである。

一方、日本人が日本語を喋っているシーンを見てみる。

口の動きが小さい。
映画でもそれだから、実際の日常場面ではもっと小さくなるだろうから、耳の聞こえない人は苦労しそうだ。

そういう印象を持って、鏡の前でシャドウイングして、目では自分の口の動きを見てみる。

英語話者っぽい口の動きになっているだろうか。

この時、必ずしも一音一音、正確な口の形かどうか、などを意識しなくてもいいだろう。(そもそもそれは、別の勉強やトレーニングが必要だろう)

なんとなくの印象が、英語話者っぽい動きかどうかを意識しるだけで、いくらか発音が改善されるように感じる。

耳の聞こえないアメリカ人が、そばで自分の口元を見ている。
この程度の口の動きで、読み取ってくれるだろうか?

そんな意識をもってシャドウイングを行う。

ぜひ、お試しあれ。

category
英語

シャドウイング時の工夫、その1

シャドウイング時の工夫、その1

英語学習者なら、当然知っているであろうトレーニング方法「シャドーイング」。

私は毎日20〜30分は取り組んでおります。

シャドウイングに慣れてきたら、おすすめしたいのが、ヘッドフォンを片耳だけにして、付けていない片耳で自分の声を同時に確認するという方法。

音の反響する場所で行うと効果的だと感じます。
私はお風呂場で行います。

英語学習が板についてきたら、ぜひお試しあれ。

category
英語

異文化コミュニケーションの心得

基本的に人と関わるということは、異文化コミュニケーションだということを念頭においたほうがいい。

これは、同じ日本人同士の場合でもそうである。

近年、高校生や中学生の中でも学年が違うだけで、恐ろしく常識が違ったりする。
また、地域や学校、職種によっても全く常識が違う。

この異なり方は、それなりに大きくい。
特に世代間のギャップはこれから激しくなるだろう。

そうすると、自分の常識で他者を判断、評価したり、理解しようとすると、大きな食い違いが生じる。
さらには、無駄にがっかりしたり、腹を立てたりすることになりかねない。

だから、自分の全く知らない国の人にあった場合と同様に「文化的な隔たりがある」ということを念頭に置いておいた方が、結果的にうまくいきそうだ。

「それ、非常識でしょ。バカにしてるのか!」

と、思う以前に、

「この人の常識からすると、これは敬意を評しているということになるのかもしれない」

と考える。

よくわからない場合は、とりあえず保留にする。
様々な可能性があり、そういうことを考慮において、判断を下す必要のないことはできるだけ保留にしておくというわけだ。

はっきりさせなくてはならないことは、言葉できちんとはっきりさせる。

そのくらいの心構えを持った方が良さそうだ。

category
雑記

ちょっとした成功体験を得て、素直によろこべ!

まずは、成功体験を得るというのが、思いの外大切なことだと思う。

人生を能動的に生きて行くため、あるいは、何かしらで大きな成果を上げるためには
「根拠がなくとも自信がある」
という自己肯定感を持っていなくてはならない。
(たいていの場合、そもそも確固たる根拠など得ようはずがない)

それは、ある程度自分自身の「成功体験」の数に依存する。

それが、極端に少ない人は、焦らず小さな成功体験を得るように、ごく単純なことを継続してみるといいだろう。

私は1ヶ月くらい前に、とあるスポーツマンから
「ストレッチをして体を柔らかくすると、疲れにくくなっていいですよ」

という言を聞き、生まれて初めて自発的にストレッチなるものを始めた。
体はどちらかといえば硬い方だろうと漠然と思っていたが、初期値ははっきりいってどうでも良い。

ストレッチ自体は放送大学のネット配信の講義を聴きながらしたりできるので、結構頻繁にやって、3週間たったが、これが予想以上に成果が上がった。
疲れにくくなるかどうかは今のところ、なんともいえないが、しかし、反動なしの前屈で指先がぎりぎり床につくところまで柔らかくなった。
初期値は床から5cmも離れたいたので、このままいったら、3ヶ月とただず、掌が床にぺったりつのではなかろうかと。

こういうのも「ちょっとした成功体験」である。

ところで、このような成功体験を経験している時に「人と比較する」のは愚かだということを付け加えたい。

「自分が努力して、少なからずその成果が出た」ということを喜べばよく、
もしくは
「成果が出ているかどうかはまだわからないが、努力を継続できている自分」に感心すれば良い。

category
雑記