山口功のブログ

愚痴を言うなら、脱出せよ!

自分の働いている会社について、慢性的に愚痴を言っていたら、

「脱出のタイミング」

だということである。

まともな感覚があればこのタイミングは自分で感じることができるのだが、慢性的に愚痴を言っている人はその感覚がそもそも鈍っている可能性がる。ざっくりとした目安は、
「会社関係の話の50%以上が愚痴であり、それが9ヶ月以上続いている」
でどうだろうか。

この時点で何の動きも取らずに、ただ文句言いながら我慢している人間は、
単なる怠け者であり、
会社に対する文句は、結局は自分に対する文句である、
(だって、なんだかんだ言って、そこにいるのですもの)

ということで、脱出に向けて活動を開始するのが良い。

脱出には2パターンあると思う。

「迅速な脱出」
「緩やかな脱出」

「迅速な脱出」は、明日にでも辞表を出せば良い。
次の仕事などは、脱出後に考えれば良い。

「緩やかな脱出」は、固定費の削減や、副業を開拓などを行い、今の会社からの収入依存率を下げておく。
そして、脱出後スムーズに働くフィールドを確保できるように準備しておく。
(すでに副業を行なっていれば、それを広げることは、ゼロから開拓するより容易い)

ただし、「脱出のタイミング」が到来した人にとっては、「迅速な脱出」の方が現実的である。
副業が許されていない場合も多いし、何しろ、時間とエネルギーを今の会社に吸収され続けている状況で「緩やかな脱出」を試みるのは、難しく、効率も悪い。
「緩やかな脱出」を行うのは、「脱出のタイミング」が到来する前ということになる。

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雑記

ついに、スマートフォンを購入、そして、使用開始。

ついに、スマートフォン(以下、スマホと略)を購入、そして、使用開始。

これまで、オンラインの機器は自宅のパソコンに限定していた。
オンラインできる機器があると、目の前にあるものに集中できないというのが、直感的にわかっているからである。

特に、作品制作、読書、勉強に関しては集中力を小刻みに削がれる悪影響は大きい。
作業は進んでいても、深まらない、なんでこともあるだろう。

ということで、スマホは危険であると判断したし、実は今でもそう感じる。

しかし、各種手続きなど、スマホでないと対応していない場合が多くなってきたので、ここにきてスマホに切り替えた。

使うのには苦労しないし、便利な機能は積極的に使った方がよい。
しかし、無駄な使用を避けるには、少々の工夫と意志の力を要する。

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雑記

ボランティアは危険

世の中のために、無償で働くというのは、良い行いのように思えて、実はよくない。
私は、原則ボランティアには否定的である。

その理由は、

ボランティアをする側にとっては、

1 続けられない
無償で働き続けのは、モティベーションを維持することにも、金銭的にも無理がある。

2 質が向上しない
ボランティアだったら、水準以上のモノやサービスを提供するために、努力する気にならない。
質を高めるには実際の作業時間以外でも、技術を高めたり、勉強したりすることが必要だが、それをしたところでもらえるお金が増えたりするわけでもないし、そもそも質をそれを求められない。

3 見返りを求めがち
自己犠牲意識が強くなると、金銭以外の見返りを求めるようになりがちである。
「こんなに頑張って人の為に尽くしているんだから、当然なんらかの見返りがあるよね」
というような期待を持つと、どんな善行も単なる「恩の押し売り」になる。

ボランティアを頼む側だと、

1 継続して頼めない
頼んでいる相手が金銭的、モティベーション的に疲弊してしまったら、それ以後は頼めない。

2 質の良いモノやサービスが得られない
頼まれた人のモティベーションが上がりにくいし、こちらも質を期待しにくい。

3 人が育たない
能力に応じた競争の原理がないと、人は育ちにくい。

4 逆恨みされる危険がある
「あんなに協力してあげたのに!」みたいな感情を向けられる恐れがある。

逆に言えば、以下の条件が揃っていれば、ボランティアをしても良いかもしれない。
(この三つが揃っていなければ、やるべきではない、ということである)

A 金銭的・時間的・モティベーション的な無理がまったくない。
B すでに自分の持っている能力で余裕を持って対応できるし、そのボランティアのために質を上げる必要もない。
C ボランティアをした段階で、自分が充足される。(その時点で見返りを得られていると実感できる)

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雑記

大金を使うのは、きっと難しい。

私自身、金持ちとは程遠いにも関わらず、

「お金は増やすより使うことが難しい」

のだろう、思う。

宝くじで当たって、そのお金を効果的に使って幸せになった人は少ないとか、
退職金や、配偶者の死亡により保険金が入っても、あっという間に使ってしまったりとか、

よく聞く話である。

かと言って、ただ預金していても何にもならない。

なんとなく高級そうなものを買ってみたりするのではなく、
自分なりの価値をしっかりと意識して、そこにお金を使う。

それは、全体を俯瞰するの広い視野と、確固たる価値観と、そこそこの経験が必要である。

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雑記

思考を停止した時点で、蜂の巣にされる。

世の中には、頭の回転が早い人も遅い人もいるだろうが、その差はあまり大きなものではないのではないかと思う。
もっと大きな差が生まれるポイントがある。

考え続けるか、思考停止か、この差は非常に大きい。

考え続ける人の中での差は、それに比べてかなり小さいと言ってもいいだろう。

「なんだか難しそうだから、内容などは理解しなくても言われた通りやっていればいい」
「昔から、そういうもんだから、それでいいのだ」
「プロがそう言っているのだから、それが正しいに違いない」
「公的機関の発表だから、間違いない」
「自動的に処理されているのだら、任せていても心配ないし、便利だ」

これを、思考停止状態という。

このような人々は、騙したり、搾取したり、都合の良いように操る対象である。

ふらふらっと、塹壕から出てきて、無防備に突っ立ているようなもので、ひたすら攻撃にさらされる。
どういうわけか、蜂の巣になっていても、そのことにすら気がつかないのである。

銃口を突きつけられも、ヘラヘラしているようでは命がいくつあっても足りないのだ。

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雑記

より良く生きるために 「3つの領域」

より良く生きるための考え方として、領域を設定するのは効果的である。

領域は3つある。

自分の領域
他人の領域
偶然の領域

○ 自分の行動は、自分でコントロールすることができる。

例えば、毎日腕立て伏せをしようと思うのも自分の決断であり、実行するのも自分の意思、嫌になったらやめればいいし、そんな自分が嫌なら続ける努力をすべきである。
どのような正義感を持つかとか、どのような常識を持つかとか、それらは自分の領域だ。

自ら責任を持って、エネルギーを集中すべき領域である。


○ 他人の領域は、自分以外の人の領域である。

自分の領域ではないので、これをコントロールすることは他人を支配しようとすることであり、国家であれば主権の侵害、侵略に相当する。
自分の領域と他人の領域が曖昧な場合は、自分の正義観を振りかざしたり、自分の価値観を押し付けてしまったり、自分と他人の価値観の違いに苛立ったりする。
そもそも人間が違うのだから、感覚も感じ方も人生観も、違って当たり前で、時には想像すらできない「何か」があって、それはそれで尊重すればいい。

※ ちなみに、教育的アプローチとか、コーチング的なアプローチとは、心理療法的なアプローチは他人の領域に侵害しないで、かつ他人に良い影響を与えるアプローチである。
これは他人の領域への侵害とは決定的に違うが、隣接はしているので、一歩間違えると危険である。
これらに関わる人は注意しなくてはならない。

※ 「他人」というのは、身内、恋人、配偶者、自分の子供、も含まれる。
どういうわけか身近な人間に関しては領域の区分が曖昧になる人が多く、それが無駄な喧嘩や苛立ちを引き起こす。

○ 偶然の領域は、人間がコントロールできない領域である。

偶然に生じることは、自分の責任でもないし、他人の責任でもない。
宝くじで1千万円当たったのは、自分の実力ではない。自分がすごいからではない。(宝くじを買ったという行為だけは実力と言えるが)
蜂に刺されたのは、自分の能力が劣っていたからではない。(無用に蜂の巣を突っついた場合は、自分の領域になるが)

偶然は偶然であり、自分の領域でも他人の領域でもないから、自分の責任でもないし、自分の実力とも関係ない。
勘違いをしないように冷静に受け止めるのみである。

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雑記

節約術は楽しいが、俯瞰してから実行せよ!

「〜節約術!」
みたいな動画が意外と面白かったので、このところ見ている。

住宅ローンや家賃や保険などの大きなところでの節約もあれば、細かいところ、1円単位の節約みたいなものもある。

個々の節約技術は興味深いのであるが、自分が実行する際には全体の俯瞰して、バランスを取るというのが大切だろう。

ほとんど意味のない生命保険を払い続けていている人が、10円安いキュウリを買うためにガソリンを余計に消費して隣のスーパーへ行くというのは、あまりにも全体が見えていない。

節約して将来、老後のために貯金しましょう。というのも、お金という要素だけしか考慮されていない。

「節約して、直ちにそのお金を使って、自分の能力を開発しましょう、高めましょう」
というコメントは、自分の能力も考慮に入っている。

単なる楽しみで浪費することも、時には必要だったり、意味のあることかもしれない。

大切なのは、できるだけ広く全体を俯瞰して、自分の人生において何がもっとも効果的なのかを常に意識することだ。

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雑記

「小さい学校」というのはどうでしょう?

「小さい政府」という発想がある。
最小限しなくてはならないところだけやって、あとは民間に委ねるという方針である。

「小さい学校」という発想があってもいいのではないだろうか、と思う。
最低限しなくてはならないところだけやって、あとは生徒本人や家庭、地域の民間団体などに任せる。

例えば、修学旅行、運動会、部活、これらは民間の団体に委ねるのも手である。
そうすれば、参加するしないは生徒が自分で決めれられる。

宿題は出さなのも手であるが、どうしても出したい場合は、学習アプリを利用して、個々の生徒ごとに最適化した課題を出す。
先生がチェックするのも楽である。
ノートチェック(自学ノート等)は、先生にとっても生徒にとっても無駄すぎるのでやめる。
他でいくらでも代用できそうな先生の手作りプリントは、大変なだけなので極力やめる。
どうしても作らないといけない必然性のあるもののみ作る。

従来型の評価や定期テストも、学習アプリなどを活用して簡略化、もしくは減らすことができるのではないだろうか?
一斉授業も減らすことができるだろう。

後から文句を言われないように、念のために作る形式的な書類は全て無駄なのでやめる。
成績表のコメント欄とか、不要である。

オープンスクールもやめるか、せめて減らすか、簡略化する。

もちろん、制服は無駄である。
独占販売になるので無駄に費用が嵩む。
制服を着たい人は、制服風の服を着ていけばいい。

無駄を省けば、やるべきことがはっきりしてくる。
それに集中すればいい。
シンプルなことだ。

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雑記

あと、4日間!土曜日まで!

「素敵なブックマーク展」の投票は、8月3日(土)までです!

周南市立徳山駅前図書館にて、ブックマーク(栞)の展示、人気投票が行われています。
山口県で活躍中のアーティスト、イラストレーター、グラフィックデザイナー、計27名がブックマーク作品を展示しております。

投票期間は、2019年7月20日(土)〜8月3日(土)です。
上位3位は、ノベルティー化されて、図書館で配られます。

私の「本の虫」をよしなに!

ブックマーク本の虫(黄)
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美術

「広告が立派」「おすすめ品」を反射的に避ける。

おすすめ品は、反射的に「こっちに不利なやつだ!」と思ったほうがいい。

こっち(買い手)に有利な商品は、積極的には宣伝しないものである。

特に、不動産とか、アパート経営のパッケージとか、家とか、中古車とか、保険などの金融商品、豪華ツアー旅行、電話・公共料金のプラン、は反射的に「おすすめ」を避けてほうがいい。

考えれば当たり前だが、売り手は売り手が一番儲かる商品をおすすめする。
額が大きければ、なおさらである。
慈善ボランティアではないので、買い手のことだけ考えておすすめをする販売員はいない。

付け加えて言えば、「広告にかなりお金を出している商品」は、その分中身は薄っぺらだったりする。
中身よりも体裁にお金(やエネルギー)をかけている可能性が高い。

つまり、「広告で自動的に提示されるもの」「おすすめされるもの」は、自分(買い手)に不利な商品だ。

もちろん、よく調べて、比較検討して自分で商品を選ぶのが良い。

しかし、それをする気が無いのなら。
「広告で自動的に提示されるもの」「おすすめされるもの」以外から、いい加減に選んだ方がずいぶんマシだ。
その方が、アタリを引く可能性高いから。

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雑記