山口功のブログ
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英語を教える仕事

たまに、英語を教える仕事をしている。

私が行なっているのは、主に、
生徒が自分で自分を鍛えられるようになるまでサポートすること。

だから、文法の授業みたいなのはやらない。
必要に応じて断片的に行うことはあるが、文法のルールは中学英文法の教材にわかりやすく日本語で書いてあるので、それを読んだ方がいいからである。そして、質の良い問題集がたくさん出ているので、それを使って自分で練習してもらうのがいい。

語彙に関しても、授業で教える余地がほとんどないと思う。
それに、中学レベルものであれば、文法問題集や長文音読である程度身につくので、語彙だけに絞ったトレーニングは後回しにした方がいい。もっとも、語彙ばっかりやりたい人はやればいいが。

だから、私の授業ではまず発音から入る。
発音は、学校で鍛えるチャンスがないし、特に最初はまめにチェックも必要だからだ。
ほとんどの場合、やっていない分、伸び代もあるのですぐに良くなってくる。
発音がそれなりに良くなってきたら、発音にプラスして、総合的な英語力を長文を使ってトレーニングする。
そして、大切な試験(検定試験や受験)の前はそれに向けて調節をしていく。(過去問を使ってトレーニングする)

そんな流れである。

いずれにせよ、自分で自分を鍛える気がまったくないと、講師としてはお手上げになってしまう。
講師は魔法使いではないので、生徒のやる気を強制的に出させることはできないのが現実である。
そういう場合は、やる気が少しでも出てくるまで、ゆっくり待つのがいい。

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英語

現在、個展の搬入展示中

今日と明日は個展の搬入・展示作業である。

考えてみると、2016年の12月に山口井筒屋で「うずまき伝声管」展をして以来の、個展である。
つまり、2年半ぶりである。

最近作った作品は、立体作品に偏っていることに気がつく、このところは立体での表現の方がしっくりくるようだ。

展覧会の作品編成は、
平面作品(アクリル画)と、立体作品、の両媒体をメインに、この数日間で描いた鉛筆・色鉛筆ドローイングを追加。

ぜひお越しくださいませ。

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隠れミノの自由時間 The Chrysalis Stroll - 山口功個展

2019年5月9日(木)〜12日(日)
11:00〜19:00

ギャラリーナカノ 
  山口県山口市1丁目5-14

4日間だけの展示です。
私は、以下の曜日と時間に在廊しております。

木曜日 11:00〜15:00
金曜日 基本的に一日中います。
土曜日 基本的に一日中います。
日曜日 基本的に一日中います。


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美術

勉強をせずに、写本を作る人々

このところ、学校から出される課題、宿題は

「書き写す作業」

である。

そして、その評価基準は

1 決められた形式で行なっているか?
2 決められた量をこなしいているか?
3 期限内に提出されているか?
4 丁寧な字で書いているか?

である。

これは、写本を作っているようなものである。
さらに言えば、これは勉強とは別物で、自分が書き写している内容を理解しているかはどうでもよく、記憶しているかなどもどうでもいい世界。

出来上がったモノのみが大切。
それ以外は無駄なので、内容は理解せず、記憶にも残らない。

そしていつの間にか、それが勉強だと皆が誤解している。

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雑記

隠れミノの自由時間 The Chrysalis Stroll - 山口功個展

個展の告知です。

隠れミノの自由時間 The Chrysalis Stroll - 山口功個展

2019年5月9日(木)〜12日(日)
11:00〜19:00

ギャラリーナカノ 
  山口県山口市1丁目5-14


現代人に特有の身体感覚である、
「殻で自らを守りながら、それでも外部と繋がること」
が、コンセプト。

平面作品6点、立体作品10点、そしてドローイング作品を数点出す予定です。
ぜひお越しください。

category
美術

授業のプリントは最小限へ

授業で使うプリントは無意味なのではないかと思う。

なかには必然性のプリントもあるのかもしれないが、ことに学校の勉強(内容)に関しては、教科書や市販の参考書・問題集にわかりやすく載っているのである。

それらは、その筋のプロが複数人で時間をかけて作った教材なので、クオリティーも高い。

そんなものが山ほど出ている環境で、更に何をプリントとして作るのだろうか?
メリットが思いつかない。

デメリットはすぐにいくつか思いつく。

1 先生にとっては、かなりの時間とエネルギーを取られる
2 プリント自体は、市販の教材に比べて、質が劣る
3 生徒にとっては、自分で学習のスタイルを身につける機会を奪われる

では、なぜプリントを作るのか?
もしかしたら、「頑張って授業の準備をする先生像」を打ち出しているのかもしれない。
そして、そいういう先生像を周囲が暗黙のうちに強制しているのかもしれない。

おかしな空気に飲まれそうになったら、一度立ち止まって考えることが大切だ。

○ 目的を明確に見定める
○ 目的に向かう上で無駄なものは省く

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雑記

先生には時間的、金銭的な余裕を!

時間的な余裕
金銭的な余裕

この2つが失われたら、ほとんどの人はひたすら保守的になり、勉強しなくなる。

現在多くの社会人が、急激にこの2つを失っていると思うが、考えてみると、それは学校の先生も同様である。

時間は昔から余裕が無いし、給料も下がっているので、金銭的な余裕も無くなっている。
つまり、余裕がないから、学校の先生は保守的で、勉強していない人が多いいのかもしれない。

もっとも、例外はたくさんあるでしょうが。

勉強していない先生から、「勉強する姿勢」は学べない。
「君たちは勉強しなさい、先生も大学出るまで、きちんと勉強しましたよ。」(今はしていない)

保守的な先生は、生徒が「チャレンジしよう」とすると、止めるだろう。
「それ、お金にならないよ。難しいからもっと安定したところを目指しなさい。」(しかし、昔の基準だったりする)

致命的ではないか。

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雑記

全否定と全肯定は思考停止

YouTube関連の記事を読んでいたら、考えさせられる記事に出くわした。

再生回数を伸ばすためには、「中国や韓国の批判をするといい」、とのことである。
そして、中国や韓国の良いところを褒めるような動画をアップすると、チャンネル登録を解除されたり、誹謗中傷でコメントが荒れたりするらしい。

実際、中国批判・韓国批判の動画はかなりの再生回数を叩き出すようである。

どの国にも良いところもあるし、悪いところもある。
そして、それらの国に住む人々の個性は様々である。

中国・韓国の悪いところは放っておき、良いところを学び、なるべく尊敬できる人と付き合えば良いのではないだろうか?

確かに民族的な傾向というものはあると思うが、私は個性の方が大きいのではないかと思っている。
ある国を全否定するのは簡単、全肯定するのも簡単。
しかし、多角的に観たり、その時々で判断するのは負荷が大きい。

人間は楽な方に流れるものだな〜と、思う。

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雑記

統一しないことの利点

統一すると、何かとスッキリするし、把握するのも楽であり、経費も抑えられたりする。
しかし、統一されたシステムは脆弱さを孕むものである。

例えば、オール電化にすれば、ガスは必要ない。
支払先も減るし、把握するのも楽だ。
しかし、電気が止まったら料理は一切できなくなる。

学習のツールとしても同様だなあ、と感じることが多い。

私は通信の大学に所属して勉強しているが、その大学では録画・録音された講義を「インターネットのストリーミング」「テレビ、もしくはラジオ」「DVD、CDの郵送貸し出し」という3つの方法で観ることができるようになっている。
インターネットのストリーミングに一本化したら大学側はかなり経費を抑えられるはずであるが、この3つの方法を残しているのは賢明に思える。

私はインターネットで講義を視聴することが多いが、しかし、夜は何らかの問題でストリーミング中に遅くなったり、フリーズすることもあるので、DVDやCDを取り寄せて観ることも多い。
現在はテレビやラジオの放送を聞くことはないが、当該大学の学生になる前は、よく聞いていたし、実際にそれがその大学に入るきっかけになった。
テレビやラジオは、そのような広報的な効果も大きいだろう。
そもそも授業そのものなので、広報のみならず、そのものに触れられるのである。
これだと、内容が自分に合っていると思えば安心してその大学に入学できる。

学生によってはインターネットを敬遠する人もいるだろうし、いつでも観れる環境よりも、時間が決まっていた方が勉強しやすい人もいる。

複数の方法が用意されているというのは、リスクを分散すると同時に、幅も広がる。

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雑記

日商簿記 3級 98点

日商簿記検定 3級の結果

やはり1問ミスで、98点でした。
満点というのは、なかなか難しい。

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雑記

「日本脱出機関」構想

「校舎」 「設備」

日本の大学が誇れるのは、この程度。
中身は過去最悪水準。
学生はほとんど何も学べず、先生は自分の研究できないどころか、そもそも研究したい人は追い出される。
今や立派な大学の門の左側下にはひっそりと「本物お断り」の張り紙が貼られている有様だ。

大学は、教育機関としても研究機関としても機能しなくなってきているのだ。

そして今後、良くなるとも思えない。
さらに言えば、これは個人の力ではどうしようもない流れとも言える。

ここで、そろそろ新しい組織を作ってみたらどうかと私は考えている。

「日本脱出機関」(通称「救命ボート」)

「日本脱出機関」とは、日本から有望な若者や、優れた研究者・芸術家・技術者を国外に脱出させる機関である。
脱出に必要なあらゆるサポート、必要な事前の準備教育、トレーニング行い、出国後に適した国で勉強、活躍(就職を含む)、定住、帰化できるように促し、支援する。

え?それじゃあ国益にならないって?

船が沈みかかり、持ち直せないことがわかったら、艦長は乗客を避難させるべきでしょう。
そもそも、乗客を船とともに殺してしまったところで国益にはならない。
どうせ船が沈むのであれば、死傷者を少なくした方がよいに決まっている。
若者、才能ある者、優秀な者を失うことは、国レベルどころではなく、人類にっとって大きな損失だ。

漫然と中学校・高校・大学に通うのではなく、積極的に救命ボートに乗れ!


参考

サンデー毎日に掲載された、内田樹氏のエッセイ「受験生のみなさんへ」

山口功のブログ過去の記事「芸術教育の著しい衰退を感じる」
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雑記